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09
それからしばらく、何事もない日々を繰り返していた。
朝はマクギリスの家で起き、出勤してはマクギリスと石動と共に任務をこなし、帰りは石動に送ってもらいながらマクギリスと共に帰る生活。
もうこの生活が当たり前になるくらい日数が過ぎたし、どうやら自力で元の生活に戻る方法もないらしいこともわかり、半ば諦めかけていた。……むしろ、この生活に慣れすぎてしまっていて、元の生活に戻れるかどうかという不安すら抱くようになった。
朝も夜も、丸一日中マクギリスと過ごす生活。ごく一般の夫婦よりも、共にいる時間は長いであろう。
「アーネ」
部屋で一人過ごしていれば、案外寂しがり屋の彼は私の部屋を訪れる。そして無論、恋人なのだから、それなりにすることもしていた。
キスは日常茶飯事と言っていいほど、むしろ挨拶がわりにしていたし、何かあれば彼に抱きしめられていたし、何より髪を撫でられることがいちばん多かった。しかし、未だに身体を重ねたことはない。私はやはり、それなりにそうしたいことはあるし、甘い雰囲気になれば、少しくらい期待だってする。それでもなお、マクギリスは私に手を出さない。
それにはきっと理由があるのだろう。
言わずもがな察してはいた。
それを確認すべく、彼がパーティへ行って珍しく酔って帰ってきた今夜、ソファに気だるそうにもたれ掛かるマクギリスの頬を撫でてみる。酔いが回り紅潮した頬がリンゴのようでとても愛らしく、そこへ優しくキスを落とす。
「……どうした?」
いつもはこんなことしないからだろう。不思議そうにマクギリスは私を見つめる。とろんとした瞳は潤んでいる。今日、今がチャンスだ。根拠なく思った。
何故か今日は積極的になれそうで、彼の太股の上に跨ってみる。向き合うような形で落ち着き、もう一度正面から彼を見据える。
「……マクギリス、」
「酒臭いだろう?近寄らない方がいい」
「そんなこと、ないです」
首を横に振る私を見つめ続けるマクギリスは、少しだけ笑う。
「寂しかったのか?」
決してNOではないが、YESとも少し違う。
頬を覆っていた手のひらをゆっくりと彼の髪へ通す。眩しいくらいの金髪が指の間をすり抜けていくのが愛おしい。キスが欲しいくせに、くちに出して言えずに押し黙る。目の前の美丈夫はというと、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、腕を伸ばして前髪をなぞって、優しく頭を撫でる。そんなに、そんなふうに優しく触って欲しいんじゃない。今は、……。
「……ちがう。もっと、」
「ん?」
「もっと、」
言葉にするには難しく、そして恥ずかしすぎる。咄嗟に彼に抱きついて、熱くなった身体を落ち着かせようか、もう少し熱いままでいるか。マクギリスの鼓動が少し早まる。しかしそれは、酔っているせいか?
「今日は甘えん坊さんかな?」
耳元で低い声がする。悔しい、こんなにいい声で。
背中に回された腕が徐々に動き、腰をなぞって太股におりる。くすぐったいと顔を上げた瞬間、キスが降ってきて驚く間もなく、彼の瞳が近くまで迫る。
「マクギリ、んっ」
あまい。ちょっぴりお酒のにおいがして、それも含めて酔ってしまいそうだ。何度か交わしたあと、マクギリスは続ける。
「君が求めるならば、応えよう」
そしてまた軽々と私を抱き上げて、口元に孤を描いて笑った。
「……しかし、」
真剣な声音で彼が次に紡いだ言葉は。