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「君か、噂のマクギリスの恋人って子は」

ドアが空いたと同時に、陽気なテノールが耳をくすぐった。スマートな体型に、紫色の髪。話は聞いていたが、彼のことか。ガエリオ・ボードウィン。

「はい、まあ」

「君も苦労するな、あいつが彼氏じゃ、いろいろ大変だろう?」

「いろいろ?、ですか」

「そうだ、いろいろだ」

長い前髪を弄りながら彼は言う。
確か、マクギリスとは幼い頃からの友で、少し前まで同じ監査官として働いていたそうで。何だかんだここにいて結構経つが、会うのは初めてだった。

「今もすごい言われたんだぞ?会っても馴れ馴れしく話すな、触るな、ふたりで行動は禁止、とかいろいろな。ただもう話しかけてしまったから、1番目は守れなかったが」

「え、それ、准将が?」

「ああ。君も厄介な恋人を持ったものだな。こんなに独占欲が強けりゃ疲れてしまう」

心なしか同情しているような視線を送る彼に、特に表情も変えずに「厄介ではないですが……」と続けた。
実際、マクギリスを厄介だと思ったことはない。

「束縛は少し強いですかね」

「だろうな。容易に想像出来るさ」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、ガエリオは小さく溜息をつく。そして、「そういえば」と言葉を紡ぐ。

「俺はダメなようだが、石動はいいんだな」

「石動さんですか?」

「いつもふたりでいるだろ?よくマクギリスのやつ、それは許してるな」

「……確かに、不思議ですね 」

そう言われてみればそうだ。ガエリオに対してはああなのに、石動には恐らく何も言っていない。それは、マクギリスが石動のことを絶対的に信用しているからなのか。石動が何もするはずがない、と。

「まあ、頑張れよ」

「じゃあな」そう言って彼は去っていった。
初めて会ったが、なんとなく話に聞いていた通りの人のようだ。更に言えば、これはどうでもいい事だが、マクギリスより身長が高いようだった。

今後、どうすべきか。
今はマクギリスと順調にやっているが、石動の想いも無視することは出来ない。しかし、石動は立場をわきまえているので、決してそれを表に出すようなことは無い、が。
マクギリスもマクギリスで、私がこちらの世界の彼に慣れすぎてしまって、元の世界の、夫の彼を忘れてしまいそうで怖い。同じようで違う同じ人は、ただ私を混乱させる。帰りたい。平和な、元の世界に。



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只今、時計は22:00を指している。

今日はこれといって特に何もしてないのになぜかひどく眠い。
……もしかして、この感じ。この世界へ来るときと同じパターン?
しかし、まだ眠るのには早いこの時間。だが、私は眠気と闘っていた。加えてあくびも止まらない。

やがて、気がつけば目を閉じて……。

「アーネ……、アーネ?アーネ!………」

マクギリスの声がする────……。








「アーネ」

びくっ。

呼ばれて目が醒めた。
咄嗟に辺りを見回すと、周りには私の机と置時計と、日記帳。見慣れた風景だ。

「何か……夢でも見ていたのか?」

声のするほうを見やると、そこにはマクギリスがいた。こちらは恐らく、私の旦那様の方だ。

「マッキー……マッキーだよね?私の旦那のマッキーだよね?」

「ああ。君の旦那のマッキーだ」

「……よね…、会社員で私の旦那のマッキーだよね」

「?」

マクギリスは眉をひそめ困ったような顔をしつつも、私に合わせて返事をしてくれた。

それにしてもいつのまにこちらの世界に戻ってきたのだろうかと、ふと時計に目を向ける。
時刻は22:30。
あれだけの時間が流れたはずなのに、まだ30分しか経ってなかったことに思わず目を見張る。

「声が聞こえて様子を見に来たのだが、うなされていたようだった」

「……え」

「怖い夢でも見たのか?」

「……うん。夢、見て。何故かマッキーは軍人だった。しかもまったくの別世界だったの。それで……」

私は夢の内容を、ありのまま、出来るだけ簡潔に話した。それをマクギリスは不思議そうな顔で聞いていた。


「ほう。では俺は夢の中でも君のことが好きだった訳か」

「そう。しかも私はこのままだったから、姿とか。もちろんマッキーのこと好きだったしね」

あんなに非現実的な設定だったのに、何故か妙にリアリティがあった。“不思議”どころの話ではない。

「でも終わり方微妙だったな。ここまで来たら最後まで見たかったかも」

「なら、起こさなければよかったか?」

「そうだよ〜」

椅子から立ち上がろうと身体を起こした刹那、不意に立ちくらみがして視界が暗くなる。しかしマクギリスは咄嗟にそれを支え、反射的に私を抱き留めるような形で落ち着いた。

「あ……ごめん」

「いや。君を抱きしめたのは久しぶりだ、と思ってな」

「……うん、ちょっと恥ずかしい」

そんなことを口で言いつつも、この初々しい感じがどうにも愛しくなってしばらく彼に身体を預けていた。
彼も何も言わず、優しく髪を撫でながら応えてくれた。






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a love potion