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「あなたを幸せにできるのは、マクギリス・ファリドではありませんよ」


青年の言葉が脳に直接響いた。

私を幸せに出来るのは……マクギリスではない?

なら、誰?

「彼はあなたを悲しませるだけの存在。本当に愛してくれる相手は彼じゃない」

青年は続ける。表情は変わらず、無表情に近い。

「なにそれ。それってどういう意味なの!?」

「彼はあなたを悲しませる。苦しませる。幸せに出来るのは彼ではないのです」

「ちょっと!」

駄目だ、届かない。
私の声は、この青年には届かない───。

「ちょっと待って、どういうことか教えて!」

何度も彼に向かって問いかける。しかしこの青年は何度も同じ台詞を繰り返し喋る。
まるで、“人”じゃないみたいだった。
機械みたいに、送られた暗号を、指示されたことだけをこちらに伝える──例えるならそれに近い。

次第に、黒い髪の青年が、動いていないはずなのに少しずつ遠ざかっていく。
待って、まだ話は終わっていない。というか、その意味を聞いていない。聞けていない。

────そこで、目が醒めた。


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目の前には、私を不思議そうに見つめているガエリオがいた。
ということは、ここは2017年ではない。また、こちらへ来てしまった。

「泣いている」

ガエリオに指摘されて、初めて気が付いた。頬に触れると涙で指先が濡れた。本当に泣いてたらしい。

「私、」

「寝ていたんじゃないのか?それとも気絶か?休憩室でぶっ倒れていて、慌てて医務室まで運んだんだが全然起きないから焦ったぞ」

「え、そんなにですか?」

「ああ、3時間近いんじゃないか?」

「嘘……、いつの間に……」

記憶があるはずも無い。
だって私は2017年から来たわけで、P.D.325年(ここ)にずっといたわけじゃない。
だから、こちらでの生活の記憶があるわけもないのだ。

「途中、マクギリスや石動が何度か様子を見に来たんだが、あまりに起きないんでな、そっとしておこうって任務に戻ってしまったぞ」

苦笑いでガエリオは言った。マクギリスや石動が忙しいのは承知の上だが、ここで付き添っていたということはガエリオは暇なのだろうか?と率直に思ってしまったが、とてもくちにすることは出来なかった。

「ご迷惑をおかけしました!申し訳ありません!」

「まあ、気にするなって。とにかくお大事にな」

ポンポン、と頭を撫でて椅子から立ち上がった彼は、小さく伸びをして笑った。

周りの人は、階級が高いにも関わらず案外優しかった。(私の偏見かもしれないけれど)
意外と、こちらの世界も悪くないかもしれない……と一瞬思ってしまったが、帰れなくなったら向こうの世界のマクギリスがひとりぼっちになってしまうと思うと、そう思ってもいられなかった。


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遅めの夕食を、食堂で一人寂しく摂っていると、近づいてくる足音があった。
そちらを向くと、そこにいたのは見覚えのある、黒髪の青年だ。

「きっと、これから眠る気にはなれませんね」

笑顔で話しかけてきた彼は、夢で見た彼と一致する。しかし、纏う雰囲気や印象は、夢の中の彼とはまるで正反対だった。

「どうしてそれを?」

素直に思った疑問を、くちにしてみた。

「失礼しました、私はガエリオ特務三佐の部下、アイン・ダルトン三尉と申します」

ピシッと敬礼する彼に、私も見様見真似の敬礼で返す。

「それでご存じなのですね。お見苦しいところをお見せしてしまい、何と言ったらいいか……」

「お気になさらなくても大丈夫だと思います。特務三佐は、ああいうお人柄ですし」

「それならありがたいのですが」

困ったように眉尻を下げる私を見て、彼ももう一度穏やかに微笑んだ。
本当に別人のようだ。しかし、初対面のはずが、どうして私の夢に出てきたのか、それが謎だった。未だ会ったことがない人が夢に出るなんてこと、不思議だ。

「では私は失礼します。眠れるといいですね」

「……そうですね。ありがとうございます」

そう言って、アインは食堂を後にした。
偶然にしては、出来すぎているような。そんな気もした。しかし、考えるだけ無駄なような気もしたので、深くは考えなかった。というより、考えるだけ馬鹿馬鹿しかった。

食事を終え、マクギリスたちのもとへ向かおうと長くて広い廊下を歩いていると、また眠気が襲ってくる。

「おかしいな」

あれだけ眠ったのに。
思わず立ち止まって、眠らないように頬を叩いて、窓から外を見上げる。

今日も月が綺麗だ。

刹那、意識を失いかけると共にバランスを崩して倒れそうになった―――瞬間、「危ない」と声がして、後ろから誰かに支えられて、そのまま抱えられて運ばれていく。

朧げな意識の中、眠い目をこじ開けて見ると、私を抱え上げたのはなんと石動だった。

「えっ、い、石動さん!?すみません、大丈夫ですから!」

「大丈夫ではなかったようだが」

「いや、でも、歩けますから!大丈夫です!」

「今降ろしたら、階段から転げ落ちる」

そんなやり取りのうち、気づけばベッドの上に寝かされていた。
夜勤の兵士が寝泊まりする、仮眠用の一人部屋だった。どうやら石動は、今日はたまたま夜勤らしい。助かった。

「とりあえず、今日は仮眠室ですまないが、」

「いえ……、ありがとうございます……」

タイミングよく見つけてくれたのが、彼でよかった。名も知らぬ誰かだったら、場合によっては此処へ来たときのような恐怖を味わうかもしれなかったから、だ。
安心して息を吐いた私を見て、何か察したらしい石動はくちを開く。

「……何かあったのか?」

「……心当たりは、まったく。ただ、気を失うくらい眠くなってしまって」

「急にか?」

「はい。何度かあるんです、こういうこと。変ですよね」

こうして会話をしてるだけでも眠くなる。
しかし、今寝たらまた2017年に戻るんじゃないかって。そう思うと、眠ってしまってもいいような気がした。

まあ戻ったらそれはそれでいいのだが、夢の中のアイン(と思われる青年)の言葉がどうしても引っかかる。


一体、なんなのだろう―――?









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a love potion