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04


「ここはギャラルホルン、この世界の治安維持を目的とした組織だ」

マクギリスが終わるのを待っている間、石動は何もわからない私にひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
ギャラルホルンの役割、組織の構成、また、自分たちの所属。どうやら私は、地球外縁軌道統制統合艦隊に所属していることになっているらしい。
そして、たまに見かける翡翠色の制服は、月軌道統制統合艦隊……通称アリアンロッドの所属だそう。先程私が捕まった男の服は、こちらの色だったように思う。

「……どうした?」

思い耽っている私を見かねて石動が声を掛けてくれる。テーブルの上に温かい紅茶を出してくれたり、この人は意外にも気遣いだとか、やさしさだとか、そういったものが無自覚のうちに滲み出ているような気がした。

「いえ、何も。ただ、どうして、私はこんなところに居るんだろうって、そう思って」

「望んで来ている訳では?」

「……うーん、そうだったらよかったんですけどね……。とにかく、何も覚えていなくて、」

今はそう言うしかなかった。
別次元からトリップしてきました、なんて言って通じるわけがない。
こんなところにいても疎外感しかなく、帰りたいというところが本音だった。

「記憶喪失、だろうか」

何やら真剣に考えてくれているらしく、大変申し訳ない。

「ですかね?普段……任務とか、やってたのでしょうけど……。この制服を着てるのに、すみません」

「任務のことなら気にする必要はない。こちらで何とかする。……それに、准将も君のことを気にかけて下さるはずだ」

「はい、ありがとうございます」

表情とか、声色とか。そういうものはほとんど変わらないはずなのに、彼の心情が汲み取れるのは、彼の瞳がそれらを表しているからだろうか。よく見るととても、綺麗な色だ。
手元の端末をしきりに操作し、何かを調べているのか、彼はそれっきり口を開かなかった。



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マクギリスが会議を終えて戻ってくると、次の任務に向かうようだった。
どうすればいいのかわからずただふたりを見つめていると、不意にマクギリスがこちらを見て口を開く。

「今日は帰って休むといい。……と言いたいところだが、帰る家は覚えているか?」

「……覚えて、ません」

首を横に振る私を見、マクギリスは穏やかに笑って思い立ったように話す。

「うちに来るといい」

「へ?」

何を言うかと思えば。
驚きで固まっていると、「准将、女性寮の部屋を確保しましたのでその必要は……」と石動が声を上げる。そうか、さっき彼は端末で調べ物をしていると思ったが、それは調べ物ではなく私の寮の部屋を手配してくれていたわけか。納得しつつ、石動の対応の早さにさすがだなと思った。
しかしマクギリスはふたりのそんな反応に動じることもなく、なおも言葉を続ける。

「怪我をしている上に、記憶がない女性をひとりでおいておくことはできないな」

「准将……」

否定も肯定もせず、何か言いたそうな石動だったが、動じないマクギリスに諦めたように小さく溜息を吐く。

「……そういうことでしたら、車を手配します。次の任務は、彼女を送り届けた後から、ということでよろしいですか?」

端末に映るスケジュールを眺めながら石動は言う。
満足げに笑ったマクギリスが「ああ、頼む」と頷いたと思うと、ふわり、身体が宙に浮いた。

「えっ、!?」

目の前の男は、私を抱き上げて、“お姫様抱っこ”をしていた。
見慣れたはずの、見慣れない顔が近くにあって肩に力が入る。下ろしてほしい、と思っても足が痛くてうまく歩けないのを思い出した。
後ろで石動が呆れ顔で歩いている。そんな彼に助けを求める視線を送るが、『無理だ』と首を横に振られてしまった。
一体私はこの世界で、どうすればいいのだろうか。



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a love potion