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06




朝、とても明るい光が差し込んで、その明るさで目が覚めた。
窓が大きすぎるせいだ。ベッドもひとりしか眠らないはずなのにダブルだし、 過剰なまでにふかふかだ。快適といえば快適なのだが、ここまで大きなベッドは初めてで、どうにも慣れない。
ベッドサイドテーブルに置いた端末をふと開くと、どうやらメールと、着信の通知があった。ひとつは石動、もうひとつはマクギリスからだ。
現在時刻は06:58。まだ7時前だというのに、なんと早いものか。石動なんて、いつ眠っているのだろう。

コンコン。ドアのノックされた音がした。
慌てて起き上がり、一瞬でも鏡を見て乱れまくった髪を手櫛で直しながらそっとドアを開ける。

「おはよう」

目の前には大きな胸板があり、驚いて一歩後ずさる。

「……おはよう、ございます」

「よく眠れたか?」

「……多分?」

「たぶん?まあ、眠れたならば何よりだ」

こんな朝早くからマクギリスは爽やかだ。あちらの世界では、彼の寝起きは悪かったように思う。

「すぐ着替えますね」

「ああ、頼む。今日も共に行動してもらいたい、石動からメールが来ているはずだ」

「あ、はい。確認しときます」

その返答に満足そうに頷くと、マクギリスは私の髪を一撫でして扉を閉めた。
……朝から心臓に悪い。

身支度を済ませ、ベッドを整えて部屋を出て、玄関口まで向かうと、外で石動が車を背に待っていた。
今日のマクギリスのスケジュールは、丸一日ぎっしりだ。



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そんな生活がしばらく続いて、数週間が経とうとしている。あれから一度も、元の世界へ戻れたことはない。眠っても眠っても、起きればギャラルホルンへ出向く生活。嫌でもこの生活に馴染んでしまっている自分に苦笑を零し、また今日もマクギリスと石動に付いて回る。
そんな今日この頃、ある変化に気づいた。
それは、やたらマクギリスの視線を感じること。よく目が合う。そして、彼は微笑んで返す。最初は心配でもされているのかと思い、特に気にもしていなかったのだが、その頻度があまりにも多い。そして時より、それは甘い熱を帯びているようにすら感じた。

「……准将?」

最近は、マクギリスのことを階級で呼ぼうと心掛けていた。そうでもしないと、私の心の整理がつかない。

「……なんだ、アーネ」

「いや、准将こそ……。こちらを見ているので、何かと思って」

「気のせいだろう」

「准将……」

にやりと笑って誤魔化すマクギリスに向かって呆れた声を出す。
今は少し石動が席を外しているからと、仕事の手を止めすぎでは。そう言おうとして、席を立ってこちらへ歩みを進めるマクギリスを、私は動けずにソファに腰掛けたまま見つめていた。
やがてじりじりと距離を縮め、彼は私の隣に座った。チョコレートのような甘い匂いが鼻腔をくすぐって、何だろうと視線を外さぬままいれば、大きな手のひらが私の髪を梳かすように撫でる。驚いて飛び退くと、くちびるの前に人差し指を立てて、「静かに」と合図する。

「いきなり、どうしましたか……?」

心拍数が上昇するのがわかる。仮にも、夫と同じ顔、同じ声、……要するに同一人物にそんなことをされれば、ドキドキしないわけがない。顔が熱い。尚もしなやかな長い指で髪を梳く仕草に、それを見る彼の視線に、釘付けになって目を離すことが出来ない。
どうやったって、私はこの人のことを好きなのだから。

「アーネ、私は君のことが好きだ」

マクギリスの口からそんな言葉が零れ落ちるとは。
信じられず目を瞬く。エメラルドグリーンの球体がその瞳に私を捉えた。

「とても、可愛らしい」

「……准将、」

どうしよう。どうしたらいい?
戸惑うことしか出来ず、少しだけ指先が震えた。その震えた指先に気づいたマクギリスは、そっと白い手袋に覆われた手で包み込む。そしてそこへ、やさしくキスを落とした。

「お付き合いを、してはくれないか」

そう言って大きな身体は、私の身体をすっぽりと包み込んだ。抱きしめられたこの感触と、彼の温もりと匂い、それらを私は永遠に忘れられそうもない。








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a love potion