「犯罪生物学、というのをご存じですか?」
「犯罪、生物学?」
初めて聞いた言葉だ。
犯罪学は聞いたことはあるが、それにくっつく謎の"生物学"。なぜ正反対の理系と呼ばれるそれがセットになっているんだろう。
不思議に思った私を見てとったようで、竜崎さんは説明口調で続ける。
「犯罪学の父と呼ばれるロンブローゾが提唱した学説です。ずさんにまとめてしまえば、犯罪は生物学的な要因で生じる、という内容です」
「生物学的な要因…?」
「主に言われたのは骨格などですね。それと遺伝子なんかも関係しているとされている。つまり、犯罪者の息子は犯罪に走りやすい遺伝子を持っているということになりますね」
驚愕。
なんて横暴な、と思わず呟いてしまった。だってそうだ、犯罪は遺伝子で決まる?そんなの、ふざけている。
「因みに、現在はこの学説は支持されていません。私も遺伝子なんかで犯罪者が決まるなんていうのは、心情的に信じたくありませんし」
「ああ、そうなんですね。びっくりした…。じゃあ、なんでこんな話を?」
「遺伝子で決まるなんていう話は、もう世間では信じられていない、」
竜崎さんは、そこで言葉を詰まらせた。
思わず目線を彼へと移すと、一瞬だけ困ったような顔になっていて、それから私を見据えた。
「…どうにも説明しにくいのですが、気になってしまったんです」
「気に、なった?…なにが?」
「もふさんという存在がここに来たこと、そして、そんな異世界の人間が話した異世界の事件が、こちらの事件と酷似しているんです。あなたが来たことすら信じられないのに、あなたは、さらに奇跡的に信じられない話をするんですよ?なにか未知の関係があるのかもしれない、なんて馬鹿らしいことを考えてしまうほど私が呆けてしまっているのでしょうが、有り得ないことが起きている今だからこそ信じられるものも有るのかと思うんです」
そこまで捲し立てるように一気に喋った竜崎さんは、少し興奮しているようだ。
目の前の彼を見て思う。
自分の家に、訳の分からない女がやってきて、自分が追っていた事件の容疑者を見て犯人だよと言ったわけだ。
確かに、私が彼の立場だったら、この不思議な展開に身を任すかも知れない。
「でも、さっきも言いましたけど、もし同じ人物が似たような犯罪を起こしたっていうのは…。出来れば、そうとは、信じたくないです」
自分の中でもまだ未消化だった気持ちを漏らすと、竜崎さんも翳った目で夜景が疎らな窓の外を見た。
「感情面で言えば、私もそうです。同じ名前・人格の人間が違う世界でも同じような犯罪を起こす。そんなふざけた"運命"みたいなことは信じたくはない」
この二日間で見たことのない真剣な顔をしている竜崎さんは、何を考えているのか、正直なところは分からない。けれども、大きなチャンスを利用して、事件の解決をしたいんだろうな、という小学生でも分かりそうなことは、私にも痛いほど伝わってきた。
再び二人並んだソファ。
お互い前方を見据えていて、気軽な口を叩ける雰囲気ではない。もそりと動いて、足元を見つめてから、隣の竜崎さんに目を移す。
「…言っている意味は、わかりました。つまりは私に、その…私の世界、の犯人を教えてほしいってこと、で良いんですか?」
「はい、そうです」こちらに向かい合うように座り直して見つめられる。
けろりと答えられると少しばかり気が抜けるというかなんというか。
「でもたぶん、そう簡単なことじゃないと思いますよ」
「承知の上です。そうですね…」
少しの間竜崎さんの視線が天井を向いていたが、すぐにまた私に焦点を合わせる。
「もふさんは気軽にやってくださって結構です。気負わなくて良い。適当にやってください」
「て、適当と言われましても…」
「つまり、ここに住まわせている対価に、ちょっとしたお手伝いをやっている、という心持ちで話していただければと思います」
それはとてもやりやすい、と頷きかけたが、ちょっと待てよ。
「あの、私…そんなにいろんな犯罪のニュースなんて見てませんし…ましてや犯人が誰だったかなんて…」
覚えてないですよ、と消えるように呟けば、静まり返る。
そして、竜崎さんは途端に苦い顔。
「それは、大誤算です」