Recall/第六話
誰かに秘密を打ち明けるのは、おそろしいことだと思う。それが当人にとってあまりにも重要なことであるのならなおさら。朔にとっていま抱えている秘密は、この夢ノ咲学院でアイドルとして過ごしてきた年月を根本から否定するようなものにひとしい、おそろしく重大なものである。それを晒すことを、誰かの前にお出しすることを強いられている朔の姿は、風前の灯火ともいうような揺らぎを見せていた。その秘密を口にするように敵から強制されているというよりは、そろそろ明かしておかなければまずいことになるかもしれないなと判断した零による朔へのれっきとした『提案』であり、朔は嫌々ながらもその言葉に納得をみせた――ただし、零にそれを告げられた一時のみは、だが。
俗っぽく言い切ってしまうなら、朔はやや、日和っている。もしそれを口にする機会が零からの提案の直後であったのなら、さほど時間をかけずに言ってしまえただろう。少なくとも、結果発表のドラムロールを焦らすかのような『待ち』の姿勢は見せていなかったはずだ。
――事実、冬海朔は男ではない。本来入学すら許されなかったはずの朔が、しかしどういった間違いか、朔はたしかに、いまここにいる。女の身でありながら、夢ノ咲学院アイドル科の男子生徒として、冬海朔はここに立っている、という、紛れもない事実を告げることが、おそろしい。もしもこの告白が何者にも予想だにしなかった結果を招いてしまったとしたら――夏目がもう、朔の名前を呼んでくれなくなる、としたら?
誰からも認知されていないであろう静かな空き教室という名の小さな集会場に集まっている顔ぶれは、何を隠そう『五奇人』たちのものだ。普段『五奇人』とついでに朔が集まってお茶をしているガーデンスペースで話すにはあまりにこのひとたちの影響とネームバリューが強すぎる。ゆえに零の持つ『権力』、つまり夢ノ咲学院にあるあらゆる場所のスペアキーは、十二分に仕事を果たした。ぞろぞろと、自由ではあるが、きっちりと集まった彼らを前に、緊張して血の気が引いた顔を晒しているのは他でもない、朔そのひとで。普段よりもずっと縮こまって座っている朔をちらりと一瞥した宗は、ついに痺れを切らして席を立った、かのようにみえた。実際にはそんなことはない。宗ならそうしそうだ、という朔の根底の認識が生んだ、ただの空想だ。失礼すぎるけど。
零はもとから朔の『秘密』については正しく認識しているし、渉も奏汰も、そんなことは些事だと言ってくれるだろうという甘えはあるけれども、それ以外――夏目と宗に関しては、朔にとっては、また別だった。
――『Valkyrie』。朔の目指す、アイドルではない未来。それを体現している『ユニット』が彼らそのものであることには、ここ最近、なぜか『五奇人』とともにいることの増えた時期だからこそ気付くことができた、という節はある。彼らのつくりあげる舞台は、ライブ、などといった決められた型紙を突き破るほどの、そう、舞台以外のなにものとも形容できない演出によって構成されている。宗のプロデュースによる完璧でおごそかなそれに、春先、自身のプロデュースを自分でやっていた朔が惹かれないはずがない。芸術の徒。自身の求むるものの理想を追求し続ける『芸術』の体現者。斎宮宗に対して尊敬の念を抱いている朔のそれは、夏目から渉への一方的なそれとよく似ている。宗が根城にしている手芸部室に入り浸ることを許されているのだから、宗は宗なりに朔のことを可愛がっているのだろうが、けれども、朔の抱いたおそれには勝てなかった。朔の演出の師は宗そのひとだ。朔の芸術観には多少なりとも宗の眼が組み込まれてしまっているほどに、朔の才能は半分くらい宗の色をしていた。
朔は、宗が朔のことを相応に『ゆるした』理由に、朔が『アンバランスな少年』であることを挙げている。仁兎なずな――宗の『最高傑作』――を見る限り、そういう少年が理想なのだろう。実際、初めて宗と顔を合わせた時にも、朔は宗本人から『惜しい』と言われているのだ。宗の考える『Valkyrie』の理想形がなずなの存在で確定されていなければ、朔すらも拾い上げていたかもしれない、と。だから朔は、宗に、アンバランスな――女性的な美少年ではなく、ただの女として見られるのが、怖い。朔は多少顔がいいだけのなんの面白味もない人間だ。育てられた環境も相まってそれは顕著だし、今まで少なからず弟子として可愛がってくれていた『斎宮宗の弟子の冬海朔』という椅子が壊れてしまうのではないか、という、明確な幻を持った恐怖が、迫ってくる。
あるいは、親友――夢ノ咲学院に入学して、多くの人間から遠巻きにされ続けた朔の得た、ただひとりの友人――である逆先夏目に拒まれた時の、おそれ。この春からの短い期間は、けれど学生にとってはなによりも大切な幾月だ。そのすべてが偽りだった、と取られても致し方ない。朔がそれを否定しても、感性はどうしたって人それぞれで、夏目がもし、そう感じてしまったらということを考えると。
「零にいさん」
「あぁ? なんだよ、朔」
いつしか、夏目と同じように『兄』と呼び慕うようになった奇人たちの、その年長たる吸血鬼に、ふ、と朔は静かに目をやった。
「やっぱり、やめませんか? わざわざ先輩たちや夏目のことを集めてこんなことを言うのもあまりよくないかもしれないですけど。……帰っちゃだめですか、俺?」
だって、おそろしいから。こうして『五奇人』が揃っているのなら、そこから朔を排斥して、夏目を囲んで、穏やかなお茶会でもすべきで。そこに朔の存在がある必要は、どこにもない。
「――あのなぁ」
貝のように閉じてしまった朔の瞳をこじ開けるかのような零の声は、穏やかなもので、しかしたしかに強い意思を宿しているものだ。
「俺たちが可愛がってる『末っ子』は、べつに夏目だけじゃね〜んだよ。お前を守んのに、でもお前のことはなんにもわかりません、どんなふうにお前のことを揺さぶられるかわかりません守れません、じゃ俺たちはお前になんもできねぇだろうが」
零だって、恐る恐るそれを口に出そうとする朔に早く言えと強制するようなことはしたくない。だが、そうしなければならない理由もある。零は朔と、『朔のことを守る』という約束を交わしていて――しかしそれは、アイドルとしての冬海朔にしか効果は及ばない。冬海朔は男だ、という認識が及んでいるのは、おそらくこの学院内のみで。零が守れるのは、あくまで学内のことだけ――ううん、もしかしたらもう、学内でもすでに零の手の及ばぬ場所ができてしまっているかもしれない。だからもう、男である冬海朔だけを守るわけにはいかないのだ。ちらと意識を『戻した』瞬間、なにかに囚われてしまう可能性だってあるのだから。朔が夏目に対して思っていた心配と、零がいま朔に対して抱いている心配は、どう考えても同種以外のなにものでもない。
もはやすっかり見慣れてしまったうつくしい超越者たちを前に、朔はちいさな呼吸を繰り返している。宵闇の帳も落ち、すべての光が吸い込まれてしまいそうな漆黒。天高くにある雲の色を写し取ったかのような白銀。波打つ海が反射する光のような青。破邪たる性質を持つ果実のそれとようく似た桃色。それから、この夢ノ咲学院でもっとも朔とともに過ごした、零の瞳のような血液に似たものとはやや違った、くすみをみせる紅色。天祥院英智によってひとくくりにされた盟友たちの姿。一堂に会する景色は、可愛がられているらしい朔とて、そう見られるわけではない。すでに五奇人の『隠し子』という存在として成立してしまっている朔は、けれど、だからこそ、この空気をいつまでも眺めていたいとすら思ったけれど。
それではいけないのだと、零は言った。
そもそも夏目以外にはもうバレてるぞ、とは、零はあえて告げなかった。とくに朔が気を揉んでいる宗などは、朔と初対面の時にはもう朔の性別を見抜いていたのだから、とんだ取り越し苦労だな、とは思っているが。
「……あの。……」
その。えっと。覚悟を決めろと言外に促されているくせに、いつまでたってもそれができない朔のことを、しかしほかの奇人たちが背を推すようなモーションは、少なくとも朔には感じられなかった。と同時に、渉の気配が『普段通り』に朔の横髪に触れているのに気付いて、やや緊張をとかし始めた朔は、そっと小さな肩を下げる。
「夏目は、そんくらいでお前から離れたりしね〜だろ」
「……ああ、なにを言うのかと思えば、あのことかね。なにを気にしているのかはわからないけれど。君は君でいるだけで完成された美しさを保っているのだよ。なにも心配することはないだろうに」
夏目のことを信じろと、朔は零にそう言われて、ひゅ、と小さく深呼吸をひとつ、して。朔は目の前、可愛らしいティーセットの似合うような白いテーブルにごつんと頭を打ち付けてしまいそうになるほど深々と頭を下げた。これにはいままで余裕を感じさせていた流石の五奇人すらもちょっぴり恐怖をおぼえたほどだ。そろそろ『せっぷく』でもしそうですね、と穏やかな顔のままに朔を受け入れる奏汰は、やはり『かみさま』であることも相まって、そういう奇行にはしる信者のことをよく見かけていたこともあり、あまり動じていなかったけれども。とくに『神崎』せ――神裂きなんかは、まだ切腹の文化が根強いのではないだろうか。よく考えなくたって、朔よりも自分たちの方がよっぽど根本的に『おかしい』のに、今更、こんなことで通報なんかしない、と言わんばかりに、奏汰は長い髪を揺らした。
切腹なんてしないよ、と朔が焦ってなにかを告げようとした時――奏汰はゆるりと微笑み、自身の頭に背負っているくらげに身を委ねるかのようにふわりとしたまま、さら、と朔の持つ薄青の髪を撫ぜた。今日は水につかってくる日ではなかったらしい。すっかり乾ききった手のひらで触れてくる、泰然と微笑む奏汰のことを前に、朔はごくり、と喉を鳴らした。
「……朔がなにを怖がっているのカ、ボクにはなんにもわからないけド……。にいさんたちや朔の様子を見るニ、ボクはあまり朔に信頼されていないのかナ?」
なにも分かっていませんよ、というように、というかそれがなににも勝る真実なのだけれど、朔と零――ひいては夏目以外の兄たちすら察しているそれをひとかけらも知らされていない夏目が、不満げに顔を歪める。その『なにか』が朔に宿したトップシークレットであることを察してもなお、いや、だからこそ、夏目は常以上の憤りを感じている。
短いながらも色濃い『青春』の一時期をともに過ごし、ともにさえずった季節。あるいは鮮やかに彩りの見えた兄たちとの穏やかな日々に、セメントを流し込んで、無機質なものに固めてしまうような、情緒を解さない自分――を抑え込むようにして、夏目の向けてくる琥珀色の視線から目を背けるかのように、朔はぎゅっと、自分の胸元に揺れているネクタイを握りしめた。
いま朔の背筋に張っている緊張とおそろしさは、誰のものでもない、ただしく朔のものだ。朔だけが手のひらで飼い、育て、可愛がっていた、朔のみが認識することのできる、ちいさな創造物。朔はそのすべからくを抱え込み、いちどなにかを考え込むかのように、そっと翡翠の瞳をまぶたのうちに隠した。それから、意を決したかのようにすっと息を吸う。
「俺、」
――俺、は。
ちいさな怯えが、おそれが、拒否という名の槍が朔を突き刺す可能性が、朔のすべてを鎖で縛り付けてしまうようだ。それを振り払うかのようにふるりと背筋を震えさせ、朔はぱっと瞳を大きく開いた。
「俺、その、じつは……男じゃなくて」
「――ハ?」
「そのっ、ごめんほんと、騙そうとして騙してたわけじゃなくて、なんていうか、言葉にするのは、けっこう難しいんだけど……。『ほんものの冬海朔』がいるってわけでもなくて。地元だとわりと評判のいい顔立ちだったから、どこまで行けるかなって、母が、……ううん。これは言い訳にしか、ならないんだけど。言い訳だってことは、よく分かってるんだけど、とにかく」
ごめんなさい。がばりと音の聞こえるほどの勢いで頭を下げた朔の視界のうちには、自身の持っている薄青の髪が垂れ下がっているところだけしか見て取ることができない。やっと言ったか、といような重苦しいため息を吐いているのは、おそらく零だろう。素っ頓狂な声をあげたのが夏目であることをよく理解している以上、この翡翠色で落ち着いてこの場を眺める、などということは、どうしてもおそろしかった。
「知っていたけれど。はたしてそれがなんだというのかね、君は」。聞き慣れ、尊び、敬う芸術家の声がそう宣った言葉を耳にするまで、朔はそうして頭を下げているだけだった。早くも、言わなければよかった、と滲み出してきた、渦巻く後悔の波を止めるのに相応しい、パンチのある衝撃だ。
「先ほども零に言っていただろう、僕は? まさか聞いていませんでしたとは言わせないよ」
「え、でも」
「でももだってもないのだが? というより、今更性差などで君を排斥するような人間だとでも思われていたということかね、僕たちは」
だとしたら心外だよ、と。今しがた勇気を出して明かした真実よりも、その先のことに対して、気に食わないというような顔をしている宗に、朔はややあって困惑したような表情をみせる。
「まあ、他の『誰か』の目は騙せても、私の目まで騙すことはできませんよ、朔ちゃん。なんていっても私、普段から役を演じ続けている『役者』ですので、ええ」
「わ、渉にいさんもっ? ええとその、もしかして、……奏汰にいさん」
「ぼくも、しってはいましたよ。『しんじゃ』たちが『しんぱい』して、『ほうこく』してくれていたので」
「ええっ、そうだったのっ?」
――曰く。いくら成長過程の少年だとはいっても、骨格が男性のものではない。あの仁兎ですら男性的な骨格はきちんと整っていて、だからこそアンバランスでうつくしくかわゆい美少年だけれども。朔のからだに、それは見受けられない。
――曰く。たとえ他の誰かの前で『男としての冬海朔』を演じていたとしても、同じ役者である渉にとって、それを見通すことは、難しくはない。とくに朔のそれは付け焼刃にひとしい。そのうつくしいお顔のおかげで成り立っているだけに過ぎず、演技としてはお粗末である、と。
――曰く。『神さま』である自分のことを心配して、その傍にいる人間のことをくまなく調べているうちに、朔の本当の性別にまで行きついた、とか。
挙げられた理由は、それぞれ違ったものだ。違ったものだが、極めてそのひとたちらしい。兄たちの全員が朔の本当の性別を知っていたという衝撃はからだから抜けきらず、朔はその形のよい翡翠色の瞳を大きく見開き、う、と気まずそうに視線を逸らす。夏目にとっては初めて触れる真実であるというのに、夏目以外は全員察していたということも加わって、夏目の心中はかなりしっちゃかめっちゃかとしてはいたけれども。穏やかな空気を崩さない兄たちからそっと外された翡翠色の視線と、様々な思いの中でいくつかの色の表出した琥珀色の視線が、交差する。
なにより夏目は、『そんなこと』で、いままでふたりのうちで繋がれた縁を否定する人間であると思われていたことが、最もショッキングだった。
「ボクはそんなに薄情な人間じゃないんだけどネ。むしろ、こんなことでいちど『魔法使い』と繋いだ糸を切れるとでも思ってたノ?」
「……夏目」
「たしかニ、ボクたちの『はじめまして』の中に偽りはあったんだろうけド。その中身が女の子だったからっテ、あの時間を過ごした人間の存在までまるっきり変わってしまウ、なんてことはないわけだシ。いままでのことモ――キミが『冬海朔』だったなラ、ボクにとってハ、男も女モ、あまり関係はないかナ」
正直思い出すのもあまり好きではないけれど、朔がそう言ったのと同じように、夏目だって、過去は男の身分で少女の恰好をしていたこともあったわけだし。体の弱かった夏目を、呪術的な守護を与えようと画策した両親の犯行で――当時の夏目は、それをそこそこ楽しんでいた。朔のしていたことと、変わりはない。その時に出会ったつむぎには、いまだに時たま『なつめちゃん』と言われてしまうくらいだ。まあ、いまになってわざわざ女装なんてしたくもないけれど。
「心配しなくたっテ、ボクたちの友情は永遠でショ。あんまり心配になってもらっちゃ困るナァ」
朔、と。勝気な、しかし目の前の朔を安心させるかのような微笑みを浮かべる夏目は、まるで天使のようだ麗しさを持っていた。以前朔が目にした天祥院英智など比べるまでもない。その手が動揺に震えていなければ、朔はなんの抵抗もなく、夏目の顔を見て惚けることができていただろう、とは思うが。
「動揺が手に出ていますよ、夏目くん」
「あ、『だめ』ですよ、わたる。それは『ひみつ』です」
「おや、これは失礼」
「師匠、奏汰にいさんモ……」
夏目の胸元に揺れる五芒星にあてている右手の動きは、地震が来ている時かのようにがたがたと震えている。驚愕に、緩慢に。いまこうして驚きに身を浸らせているのは、おそらく『魔法使い』ではない、ただの逆先夏目だろう。あなたも青いですねぇと小さく笑いをこぼした渉に、夏目は恥ずかしそうに俯いた。
朔の母親は、愉快犯というほかないひとだ。あのひとはギャンブルがだいすきだし。娘がどこまで這い上がれるかということで賭けをするため、それを神にひとしい視点から俯瞰して楽しむためだけに大金をはたき、こうして朔を夢ノ咲学院のアイドル科に通わせている。――たぶん。経緯がそのようなものであったからか、はじめてこの学院の敷地に足を踏み入れる時、朔の心中は憂鬱な雰囲気に満ちていた。少なくともよい印象はなく、適当に三年間を過ごして、適当に終わらせて、そのあとのことなんて、なにも考えていなかったし。だから――うん。いまの朔が夢ノ咲での生活をそこそこ楽しんでいると知れば、その頃の朔はきっと、げ、と苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるのだろう。
春先。たったひとりでいた朔のもとに歩みを進めた夏目と出会えば、多分、理解するだろう。理論も諦めも寂しさも全部吹き飛ばしてしまうような、魔法のような琥珀の瞳に。
――もうすぐ、君も出会うだろう。冬海朔にとっての灯台。あるべき居場所。いとおしい親友。その鮮やかな紅色の影に縋ってしまう自分を見出す前に、朔はそっと、しずかに、目を伏せた。
「ありがとうね、夏目」
ふわり。まさに、花の咲いたような笑顔、と評すことができるような、可愛らしい笑顔を示して。感傷に近いものを先ほどまで抱いていたなんて感じさせないような笑みをこぼして。本来であれば、一夜にして瓦解してしまいそうですらあった『冬海朔』という名の砂上の楼閣が、それでもいまのいままで健在というのだから。それにどれだけ夏目の声が関わっているのかと思えば――そうした幸せを表に出してしまうのだって、当たり前だ。
「夢ノ咲ではじめて仲良くなったのが、夏目でよかった」
「……キミとはじめて仲良くなったのがボクだったことハ、ボクも嬉しく思っているヨ」
夏目の影を追う朔が、こんなに中と外の乖離の激しい生活をし続けていた朔が、それでも朔のままでいられたのは、ほかの誰でもない、夏目のおかげだ。騙していたのだから、裏切り者だと謗られたって仕方がないのに、それでも夏目は朔のことを受け入れてくれる――はちみつのようにとろりとした、琥珀色で。
――きっとこれは、両親からの愛情を疑いながら生きてきた朔にとって、唯一、なによりも信じることのできる『親愛』だろう。億万長者になることよりもずっと幸せそうに瞳を細める朔のことを、ただひとり、宗だけが、少しばかり不安げな心持ちのまま、眺めていた。