04 The Show Must Go on


「ほんとに一週間経たずに上がってきた……」
「思ったより進みがよくて。綴はどう? イメージと違うものとかある?」
「いや、全然ないっす。……やっぱすごいっすね、一留さん」
 楽曲のデモCDを持ってふらりとカンパニーに立ち寄った一留の姿が見られたのは、カンパニーとして一留に劇伴の依頼を行った日から数えて、実に五日ほど経った日のことだった。普通の顔をしてカンパニーの練習場に現れた一留の手のひらには当たり前のようにCDーROMが鎮座している。べつに音楽再生端末のまま持ってきてもよかったんだけど、舞台で使う時の動きも確認したいでしょ。事もなげにそう言った一留の言葉に一も二もなく頷いたいづみをよそに、練習を中断した春組の面々が一留のほうに近付いてくる。やはり、その筆頭は綴だった。
「大丈夫だったんすか、大学の課題とか」
「べつにいつもと変わんないよ。本のデータももらえたし、けっこう作りやすかった」
「さすがうーちゃん」
「あたしのことそうやって呼ぶのやめて、たるち」
 スピーカーから流れている音楽を頷きながら聞いていたいづみが、綴の言った言葉にぴくりと耳を跳ねさせる。大学の課題――そう言われてみたら、そうだった。一成の姉だといっていたのを聞いただけで、どこの大学のどういう人なのかを一留に聞いたことは一度もない。まあいいんじゃないの、とぼやいている真澄に、そうだよね、と嬉しそうに頷いている咲也と、テンコウね! とはしゃいでいるシトロンを横目に、いづみは一留に話しかけた。
「三好さんって、どこの大学に通ってるんですか?」
「躑躅ヶ丘の音大。あと、あたしたち……あたしと一成は双子だから、あなたより年下。さん付けはいらないかな」
「う、うん……えっ? 躑躅ヶ丘にある音楽大学って、ひとつしかないよね?」
「うん」
 平常通りの表情を保ち続ける一留が、いづみの抱いた驚愕に、軽く頷いて応える。躑躅ヶ丘音楽大学――躑躅音大といえば、演劇バカだと言われ続けてきたいづみですらも耳にしたことのある有名な音楽大学だ。そこに通っている生徒だとしたら、五日間で四曲仕上げてきたこともまあ頷けるが――これはネームバリューの力などではなく、真正一留自身の力量に他ならない。すごいねえ、と嘆息するいづみを一瞥して、一留は練習場をひょっこりと覗いている総支配人である松川の方へつかつかと歩いていった。
「ねえ」
「ヒイ! な、なんですか」
「チケットは?」
「あ、あんまり売れてません」
「そういうこと聞きたいんじゃない。ていうか知ってる。そうじゃなくて……買うから、チケット」
 あたしの曲がどう使われてるのかもちゃんと見たいし。悪く言ってしまえば不遜な態度にも見えるかもしれない。腕を組んで松川を見る一留の様子は、以前目にした一留の弟である一成の、人懐こく明るいものとは全く違うように見えるが――そうではないんだろうなと、いづみは思った。冷たい人というわけじゃないし、怖い人というわけでもない。一留は自分の思うように生きているだけだ。ぺこぺこと頭を下げながら金銭のやり取りを行う二人を眺めながら、いづみはパンパンと手を鳴らして、春組公演の練習を再開した。
 
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 思っていたよりも形になっているな、と一留は思った。「ロミオとジュリアス」――かの有名なシェイクスピアの著作、ロミオとジュリエットを元にしたオリジナル脚本。雛森霞がいた頃は彼がジュリエットをやっていたと思うが――いまの脚本がどのようなものになっているかはさておいて、モチーフ元としては「MANKAIカンパニーの春組」らしいものだ。
 一留が綴に頼まれた劇伴の楽曲は四曲だった。一留が曲を作っている時は何故か一成も横にいて、一留がDTMだのなんだのをいじっているのを見ていたが――なんとなく生ぬるい温度の視線みたいなものを感じて、その時の一留の心持ちはあまりよくなかった。気まずさに逸る思いをそのままに付け足してしまった――合成音声でメロディを奏でているインターネット上の「ウグイス」の自我がまろび出でしまったともいうが――誰かが歌う用のデモとオフボーカルがこの公演に使われているかどうかは、一留は知らない。CDを受け渡しに行った時を最後にしてカンパニーには行っていなかった。一ヶ月経ったこの公演がどのような完成形を迎えるのか、正直あまり期待はしていなかったのだけれど。
『家も名も捨ててくれ、ジュリアス。僕たちには、もっと大きな夢があるじゃないか――』
 案外、よくやるものだ。真っ直ぐな声色から伝わってくる拍動が、この小さな劇場に響き渡っていく。新生したMANKAIカンパニーの、新しく演技を始める人間ばかりの春組の中で、特別出来のいい演技をするというわけではない。自分の魅せ方をわかっていてやっているというわけでもないだろう。ただ、がむしゃらに、演じることが楽しいという一心で言葉を紡いでいるのであろう彼には、間違いのない華があった。
 カンパニーが復興されない間も手入れだけはされていたのだろうベルベットの椅子で足を組んでいた一留の横で、きらきらとした瞳を瞬かせる弟の姿がある。姉ちゃんが昔やってたから、ちょっと興味があって。そんな軽い一言でカンパニーに関わりを持った一成に置いていかれたような感覚を抱いたのも束の間、一成とは別のルートからカンパニーに関わるようになった一留にとって、弟が演劇に興味を持つことは、いまは一点の曇りもなく嬉しいことだも言い切ることができる。
 大千秋楽、満員御礼。カーテンコールの裏で流れていたオフボーカルに聞き覚えのあるメロディを確かめた一留は、満足そうな顔をして劇場から去っていった。