「アイドル」
それが、甘やかな陽光であれ、あるいはひどくささやかな暁であれ、いつまでたってもなにかの輝きに縋らなくては生きていけない自分のことが、わたしはずっと、だいきらいだった。
「ぼくの目標は『世界中に愛を届けること』だからね。それは血の繋がった家族も例外じゃない……ううん、むしろ家族だからこそだね」
「……お兄ちゃんは、でも」
――そういう、ひとだから。
――わかっている。巴日和という人間を『そういうひと』という認識で完結させてしまってはいけない。なによりも家族として、一番上の兄よりずっと人間らしい、お人形さんらしい、『巴にとって』いい子な巴日和になるまで、このひとがどれだけ苦労を重ねてきたのか、きちんと認識していなくちゃならない。誰よりもわかっているはずだし、それを、――それを、諦めるなんて、誰よりもしてはいけない立場のはず、なのに。
「仕方ないね。ただでさえお前はひとを神格化させやすいんだから、幼少期のお前に話しかけ続けたぼくを神様と錯覚するのも無理はない」
昂輝くんに対してだってそうだね。
わたしのことを責めているのでは、ない、はずだ。兄は博愛のひとだし、どれだけひとに嫌われていても、そのひとのことを嫌うことはあまりないほどに、他人に愛を向けることに、躊躇がない。本当の意味で博愛のひとなど存在せず、なら兄がここにいるのは、もしかして、ほんとうは。
――そう思ってしまうのは、いけないことだろうか?
夢ノ咲学院で、なにか、穏やかでないことが起こっていたのは、わたしも知っている。世界中に愛を届けたい。凪砂くん――例の、『ゴッドファーザー』の手で軟禁されていた、真正『アイドル』の少年――と出会い開けた世界で、兄はそれを目指していた。元々、家の中ですらもやや存在の疎まれていた節のあるわたしに足しげく話をしに来るほど、他人にやさしいひとだったから、全世界に自分の愛を、手を広げようと思うのも、ある種当然と言える。アイドル養成校たる夢ノ咲学院に通うのも、まあ当たり前の流れだろう。――いつからか、兄の顔に疲労が、それもただの疲労ではないようなもの、それらを映し出すような様相が浮かんだのを皮切りに、おかしいな、と思うことが増えていくようになるまでは、なにもなかったはずだ。ほんとうはもっと以前からだったのかもしれないが、わたしは、兄の隠し事を暴けたことなど、一度もない。
(――ああ、)
お兄ちゃんの、望まないところに、立っているんだろうか。立たされている――誰に? それを知って、わたしがなにかをできるわけでもないのに、どうして知ろうとしているんだろう。若干中学生、しかも、上がりたての、ただの子どもだ、わたしは。
『アイドル』の、ひかりが、隠されていく。わたしはぱらぱらと昂輝さまの切り抜きばかり貼られているスケッチブックをめくった。いつだってうつくしいこのひとも、その裏側では、ひかりを摘まれてすらいるのかと思うと、なにもできなくなる。綺麗な顔。――でも、事務所を退所して、別の事務所に入ってすらいる。このひとも。
(アイドルって――こわい)
――幼い頃から、悪夢障害を患っていた。眠るのが怖かった。月のひかりだけがわたしを慰めてくれていた、家族すら、なにもできなくなっていくわたしを疎んだから。日和お兄ちゃん、以外は。
まさしく、太陽だったと思う。わたしにとっての太陽はお兄ちゃんで、月が昂輝くんというのが、うん、しっくりくる。おそろしい、と感じてしまっているアイドル業を、けれどふたりとも、いまに至るまで続けているのは、因果だなあ、とすら思うけれど。
「疲れないの? アイドルしてて」
「べつに? ぼく、自分が楽しくないことはあんまりしたくない主義だからね――麻由、ぼくの妹なんだから、お前が一番そのことを知っているはずなんだけど?」
不機嫌です。いかにも、と言いそうなほどの表情を晒す兄、その前に置かれたティーカップを前に、軽く謝意だけを返しておく。
「不出来だと思ったことはないけれど、お前は自分の価値をいつまでたっても自覚しないね? いつになったら自分のことを褒められるようになるんだろうね」
「その話、いまはしてないよ」
「――いつだって、その話だけだよ、麻由」
「……」
呆れたような息を吐いたくせに、不出来じゃない、とか、嘯いたりして。昂輝くんとわたしのことで連絡を取り合うトーク画面さえあるくせして、白々しい。
「『あの頃』、ぼくの表情で色々察させてしまったのは申し訳ないと思っているけど、べつに昂輝くんは付き合いとして麻由に好きだって言っているわけじゃないことくらい、そろそろ受け止めるべきだね。ちがう?」
「……ちが、わ、ない、ですけど」
あの頃より、昔より、ずっと大人びた顔立ちになった兄が、そう告げる。アイドルって、こわい。巻き込まれたくない。――これ以上、傷つきたくない。だから一線を引いていた。わたしは昂輝くんのことが好きだけど、相手はきっとリップサービスなんだって。
でも、もし。そうじゃなかったとしたら――そしたら、わたしは――わたしは、いったいどうするというんだろう。