桜酒


「新人入ってきたんだよね」
「なんだ?歳でも感じたか?」

瞬間、コタツの中で新開君の足に軽く蹴りを入れる。遠回しに働けって言っているんだって、少しは危機感を持って頂きたい。
コタツは4月に入っても未だ絶賛使用中だ。主に新開君がだけど。

本日もコタツでいつもの雰囲気の中夕飯を食べる私達。いつも夕飯は新開君だけは足りないだろうと思って一品プラスしてあげている。なのに食費折半は少し納得いかないが大目に見る優しい私。後々良いことあっても良いはずだ。

「…どっかの誰かさんがしっかり働いてくれたら嬉しいのに」
「いやぁ…俺はなまえさんの警備で忙しいんだ。この間だってカメムシ放り出してやっといたぜ?」

不敵な顔して言い放つムカつく言葉。へぇ、いい度胸してるじゃない新開隼人。

「…まだカメムシのが体積とらないし、お金もかからない。カメムシの方がマシ」
「おめさん言うな。だが俺は傷付いたな、慰謝料を請求する」
「ふざけんな」



食後お皿を洗っている私の手元に影がかかる。私の手伝いかと思ったがそんな訳はない。

「なぁ、明日夜桜見にいこうぜ。カップ酒でも買って」

…新開君にしては中々良い提案だった。

「で、露店で食べ歩きだ。おめさんの奢りで」
「折半!」

新開君よ、どんだけ私にたかる気なんだ。







次の日、定時に上がる私。いそいそとアパートへ帰宅する。

「ただいま」
「おかえりなまえさん」

出迎えてくれた新開君。家ではいつもジャージなのに新開君が行く気満々なようで私服だ。

鞄とジャケットを替えて2人でアパートを後にする。暗い住宅地を微妙な距離で歩く私達。

「でもまぁ雨じゃなくて良かったよね」
「そうだな、よくこの時期降るからな」

行く場所は川岸が桜並木になっている所謂名所だ。やはりというのか平日でも混んでいるようだ。必然的に歩く度に腕が振れる距離を歩く…なんていうか、…何なのだろうこの状況、彼氏でもない男と2人で夜桜見物か…。

「ああ、あそこで売ってそうだな酒」
「…ハイハイ」

屋台のおじさんからカップ酒をいくつか買う。
酒の入ったビニール袋をぶら下げながら他も買おうと露店に向かう。

「あと焼きそばとたこ焼きとチョコバナナに…」

新開君の口から次々に出てくるメニューに目眩がする。聞くだけで胃がもたれそうだ。

「…はい、千円あげるからあと足して買ってきて良いから。そこら辺の場所確保しておくよ」
「おお、じゃ、買ってくるわ」

カップ酒の袋を受け取りながら千円を渡し、楽しそうな新開君の背中を見送った。
そして見渡して、適当な場所を見つける。2人だけなのでそんなにスペースは要らないのだ。何かのおまけについてきた丁度2人分くらいの簡易なレジャーシートをひいて座る。


「…」

気付いて見れば、周りはカップル多しでした。そりゃどこかの宴会の隣も微妙だからこうやって集まるのだろうか。
今さら立ち去るのも面倒だなぁ…いや、それ新開君相手に気にしちゃダメだ。もう、いいやここで。
そんな中1人寂しくカップ酒を先に飲み出す哀しい画。
そんな私の肩を叩いて特攻かけてくるナンパがいたので睨みつけて一蹴した。私が1人か、女友達連れくらいに見えたのだろう。

「くくっ…なまえさんよく似合ってるな」

その一部始終を見ていたらしい新開君。両手のビニール袋には食べ物で埋まっている。

「暗いから美人にみえなくもないぞなまえさん。でも、ガンつけて追い払う女はおめさんしかしねぇな」
「…大概失礼だよね新開君は」
「いやぁ、1人カップ酒がよく似合ってるっていう事さ」

隣失礼するぞと座る新開君。失礼どころか寧ろ貶されている気分になってきたんですけど。
新開君が私との間に買ってきたものを置く。周りを見てもこんなに買っているカップルはいない。…いや、カップルじゃないけど。

川岸にかかるライトアップされた桜。時折散る花びらがムードを醸し出す。また時々舞い落ちる桜が寂しげだ。

「「…」」

「はぁ、なんで相手が新開君…」「なんでなまえさんかな」

ため息混じりに声が揃った私達。新開君が項垂れる様に頭を落とす。

「いや、本気で寂し過ぎるなこの状況」
「我慢してよ。さっさと食べるよ」

いくつかの露店のパックを開ける。お好み焼きにたこ焼きに、イカ焼にその他諸々にチョコバナナ3本…。

「どんだけチョコバナナ!?」
「ああ、最高の組み合わせだろ?」

3本を指で同時に持ってドヤ顔する新開君をへし折りたくなる衝動に見舞われた。
しかし1日働いてきた空腹に負けてとりあえずお好み焼きを食べ始める。人に作ってもらう料理は確かに美味しいし、この桜も見事に満開でとても綺麗だ。相手が新開君だけど、まぁ許してやるか。

「ん、このイカ焼き美味しい。味染みてる」
「お、くれないか?」
「ん」

新開君に突き出すイカ焼き。

「「…」」

何気なく突き出して気付いた"あーん"状態に固まる私達。

「っ、持ってよ」
「っ!ああ」

少し手元の棒を新開君に寄せて誤魔化した私。後は全部食べてもらった。
微妙な雰囲気を打ち破るようにカップ酒を煽った。

「そういえば、新開君ってお酒強いの?」
「普通だろうな。おめさんは…て、明らか強いよな」
「やめてよ、いたって普通だから」

くだらない話をしながら酒を片手にたこ焼きを食べる。
手元のカップ酒に花びら1枚落ちた。あ、なんか良い感じ、良いことありそうだ。

「おお、良いなそれ。俺にも降ってこねぇかな」
「…私に3万返せば降ってくるんじゃない?」
「…なら、我慢するかな」

我慢しないで3万返してよヒモ男。その話題の途端に知らんぷりする新開君だ。

花びら入りのカップ酒に口をつける。でも、たまにはこういうお酒も悪くない。そんな事を思いながら飲んで手元を見るとカップから消えていた花びら。あれ?

「…なまえさん」

呼ばれて新開君をみたら、新開君が私に手を伸ばして唇に触れる。すこし硬めの指の感触を唇で感じた。そして、その青みがかった目に吸い込まれそうだ。…やっと気付いた、新開君が私の唇に付いていただろう花びらを取った事に。

「っ!」
「っ、付いてたぞ」
「え、ああ、ありがとう」

…なんでそんなに手慣れてるのよこの新開隼人って言う人間は。あまりのスマートさに胸がバクバクするんだけど。
ああ、もう!これは酒のせいだ酒の!!収まれ私、見とれるな!相手はダメ男だ、しかも金貸してる相手だから!そう横目で新開君を見ながら自分に言い訳をする。

…でも、暗くて本当良かった。

- 11 -

*前次#