雨
ある週の金曜日
午後から雨が降っていた。それも土砂降りだ。それに伴い客足も少なくて残り少ないバイトも帰って良いよとおっちゃんに言われ傘を借りて帰った。
そして部屋に除湿をかけて少し過ごしやすくする。自由に使える光熱費は最高だ。コーヒーやら菓子パンを食べていたが、やはりお腹が空いてきたので時間を見ると19時。窓の外は相変わらず雨が降っている。
…そう言えばなまえさん、傘持って行ったっけ?つーか最寄り駅はあの駅で良いのか?迎え行った方が良いかもしれねぇな。
そんな事を考えていたらガシャっと戸が開く音がする。
「っ、ごめん遅くなって、新開君!タオルとって欲しい」
帰ってきたなまえさんはずぶ濡れだった。玄関先で鞄を下ろして、上着を脱ぎだす。雨を吸った上着は脱ぎにくそうで少し手を出す。
…なんでこの人今日に限ってメールとかしてくれないのか?どこかやるせないが今更仕方がないので責めることは出来ななった。
「っ、傘どうしたんだ?」
「寄ったコンビニでパクられた、で悔しいからそのまま帰ってきたのよ」
買ってくれよそのくらいと思いながら食費やらなんやらで迷惑かけている自覚は多少あるのでそれ以上は言えなかった。
なまえさんの頭にバスタオルをかけて頭を拭くのを手伝う俺。…ああ、出会った日と真逆だな。
「プッ、いつかと逆」
同じ事を思ったのかバスタオルの中から控えめな笑い声が聞こえる。ああ、その顔見たいのに。
「そうだな、先に風呂でもいいんじゃないか?沸かしておいたぞ」
「気が効くね。じゃ、そうします」
なんとなく流れでバスタオルの上から身体を拭くかのように首をなぞろうとする。すると俺の手首をヒンヤリと冷えた手で掴まれ、そして囁かれた。
「新開君もう良いから、それとも何?この手これ以上下ろす気?」
「…っ」
濡れて張り付いた胸元の衣服を指で引っ張りながら言う姿に戸惑った俺。そんな俺をすり抜けて脱衣所に行ってしまった。俺をからかってやった、ざまぁみろ的な顔をして。
っ…なんだあのアレ。歳上だけど同年くらいで男慣れしてないと思ってお気楽に扱っていたらイキナリ盛大に噛み付かれた…気がする。
思わず口元が緩むのを手で隠した。…ヤバイなこれ、歳上も良いかもしれねぇ。
脱衣所から出たなまえさんはいたって普通。よく見る可愛らしい寝間着姿だ。
「夕飯何がいい?」
「肉が良い」
「はいはい」
呆れながら寝間着にエプロンをつけてキッチンに立つ姿に何かが膨らんだ。
…
翌朝
珍しく1人で起きた俺。あれなまえさんいねぇのか?時間は9時、いつもなら起こしてくれてご飯食っている時間だ。珍しいな寝坊か?
布団から這いずり出て、引き戸に声をかける。
「なまえさん、居るのか?」
返事がない。仕方なく玄関に行くが靴はあるからやはり部屋か。
コンコンとノックしながら先ほどと同じ様に声をかけると物音がする。
引き戸がゆっくり開き顔を出すなまえさん。そして俺でも分かる状態だった。
「ごめん…朝はパンでも食べて」
それでも俺の朝ご飯を心配するこの人のお人好しも大概だろう。
「おめさん、風邪だな」
どこか赤い顔とボーッとして意識が薄い。そのままペタペタと裸足でキッチンに歩いて行き、コップで水をゴクゴク飲んでいる。
「…みたいね」
「"みたいね"じゃないだろ?」
側に行き俺の手を額に当てると伝わる俺の手に移りそうな高熱。と俺をボンヤリ見つめる熱い瞳。確実に昨日の雨で冷えたのだろう。
「…熱あるな、あとの症状はなんだ?風邪薬買ってくるから。あとメシ」
「咽頭痛、頭痛…あとゼリー食べたい…」
グッタリと大きなビーズクッションに寄りかかっているなまえさんにタオルケットをかけてから外に出る。
どこか苛立つ、なんで…もっとそう頼ってくれないのだろうか。そんな気持ちを抱えつつ近くのドラックストアに行って、薬剤師の兄ちゃんに症状を話して薬を選んでもらう。あとスポドリと…栄養ドリンクと…ゼリーだっけ、ポイポイカゴに入れていく。
…ってゼリーとか…!子供かよ…少し可愛いじゃないか。
帰りにスーパーによって適当に買い物をする。まぁこんなもんだろう。
当たり前だが結構必死な俺自身に驚く。通常彼女でもそんな事した事ねぇ、もっとほっとけば良いのかもしれねぇがなまえさんには今までの行いのせいからか少しは頼られたいと思ってしまう。
アパートに帰るとそのままぐったりと半眠り状態のなまえさん。
「なまえさん、色々買ってきたぜ。とりあえずスポドリ飲め」
ゆっくりと目が開いてトロンとした目で俺を見てくる。思わずゴクンと生唾を飲み込む。まぁ?俺はいい大人だからな、そんなんでは俺の理性は揺るがない。まず"理性"とかを考えている時点でおかしな話だがこればかりはしょうがない。
ペットボトルを開けて手渡すと熱そうな唇をつけてゴクゴク飲んでくれる。その度に少し動く喉を見つめる。
「…ありがと」
「…おう、少し横になって休んでな」
「ん。」
するとそのままクッションに埋まったまま寝ようとしている。オイオイおめさん、そのクッションで寝る気か。それは良くならないぞ。
なまえさんの部屋に連れて行くか…ただこの人本当に部屋に勝手に入るの嫌がるからな。
悩んだ結果、俺の布団…前はなまえさんの予備用布団に寝かせる事にした。熱い柔らかい身体を抱きかかえて布団に下ろす。…久しぶりのこの感触…ってそんな事考えている場合じゃないぞ俺。
キッチンに立ち、多めにお粥を作っておく。冷蔵庫の中の野菜を微塵切りにして彩りを加える。なまえさんの料理には敵わないがまぁ問題ない味だ。余裕で食べられる。
時計の針は13時を示している。俺は適当な野菜炒めで食べて空腹を満たし、なまえさんが起きるのを寝ている隣に添い寝をしながら待っている。こうしていると恋人っぽいな。勝手に恋人気分を味わってみる…あくまでこれは暇だからだ。
つーか寝顔はまぁ可愛い、意外と幼いかもしれねぇな。でも少し荒い息と真ん中に寄っている眉に少し汗で張り付く髪が具合の悪さを物語ってる、…辛そうだな。いつもの俺にうだうだ言うなまえさんじゃないせいか何とも雰囲気を乱される。
…ちゅーでもすれば俺に移るかな、それで治るなら移れば良いのに…そして看病されたい。ほら、やっぱりいつもの冷たい態度よりは優しくして欲しいしな。
はは、…すげぇくだらないな。そう思うのにそんな願いを込めて布団から出ていた手をそっと持って掌に唇を落とした。
瞬間血が沸騰しそうな感じになり、思わずベランダに出た。手すりに項垂れて、頭を冷やす。
って、いやいやいや、相手なまえさんだから!うだうだといつも煩いなまえさんだ!なのにいつもと違うから…本当誰か止めてくれないか。
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