花火大会
「なまえさん、明日花火を観に行かないか?」
7月終わりの金曜の夕飯時に突然の思いつきのように言う新開君。その自信ありげな手元には花火大会のチラシがあった。
「混むの嫌い」
「ああ、おめさんそう言いそうだよな」
そう分かっているなら聞かないで欲しい。にも関わらず相変わらずの余裕っぷりだ。
「…新開君1人で行ってれば声かかるって」
「だからそんなのは嫌に決まっているじゃないか」
「お友達誘いなよ、私は暇じゃなーいの」
「どうせTV見てるだけじゃないか」
「…いいでしょ?」
そんな私の手首を掴む新開君。
「…俺はなまえさんの浴衣が見たいんだ」
っとにこいつは…。何を言い出し始めるのか、思わず言葉に詰まる。そして新開君が気になってしまっている手前、妙に気恥ずかしい。
「あのね…」
「なまえさんと行きたいんだ」
えー…とお財布要員?そりゃ色々露店で買う気だもんね。内心ふて腐れながら渋々了解した私だった。
…
土曜の午後、久しぶりの浴衣を出している私を呑気に新開君が見てくる。
「…浴衣のチラシでも見て満足すれば良いのに」
「だから、なまえさんが…「知らないです」
2年振りだけど、まぁありきたりな柄だし良いだろう。
「髪はアップな」
「それは当然」
…って何を乗せられてるんだろう。新開君ペースって謎な勢いがあっていつの間にやら乗せられている。そんな私の一言にパァッと喜ぶ新開君、意外と新開君は表情読みにくいのだ。
最初の方なんて本当上辺だけな笑顔な感じだったし…って言うと今は内部まで踏み込んでいる気がして少し頭を抱えたくなる。
「なまえさん?」
「っ、着替えたいから出ててよ」
「そうか?手伝うぜ?」
「要りません」
新開君を部屋の外に出して髪を纏め上げ、それ用な髪飾りをつける。…ってなんで気合入れてんのよ…私は!あ、いや、ほら偶にの花火大会だし、そうなるのは当たり前な筈だ。女友達と行く時だってそうだもん。
ショーパンとTシャツを脱いで、浴衣を着る。白ベースで青系の花が散りばめられている。落ち着いた感じにしといてよかった、おかげでまだ着れるわ。
ガラッと引き戸を開けると紺の浴衣を着た新開君が振り向いた。
って…私より似合うじゃないか。しっかり着ているのに浴衣から覗く鎖骨や首元やらしっかりしている手首や足首やら…引き締まった腰で止められた帯だったりいつもより色気が…って何観察してんの私。
ガタイの良さも紺の浴衣によってスラッと見えるし、いつもよりカッコイイ…っいや、だってこう色気垂れ流されたらだれだってそうなる筈だ。私は間違ってない。
「なまえさん似合うな」
そんな男が私の少し垂れている髪を触りながら照れもなくそう言うのだから、こちらは目線を合わせる事も出来なくてたじろいでしまう。
「…どうも、新開君も似合うよ」
「いやぁ、おめさんほどじゃないさ」
見上げたら新開君の伏せ目がちな鋭い目と目があった。ああ、胸が痛い本当に。
アパートを後にする私達。
「着るは良いんだが、スカートみてぇで落ち着かないんだよな。スースーする」
「あー…そういうもんかもね」
女性にとっては何の事もないしなぁ。新開君の適当な話を聞きながら電車に揺られているとと女の子が新開君を見てコソコソ話す。そしてその内容が聞こえなくても想像つくようで何か嫌。
…そりゃカッコイイよこの男は。
だけど外ズラはそうかもだけど騙されちゃダメだよ。そう服脱ぎ散らかしたりするし、むしろすぐ脱ぐし、バカみたいに食べるし、でも色々気を遣ってくれたりするけど…って、それは考えるな私。電車内でも、こうさり気なく私を端にしてくれ庇う様に立ってくれる新開君…まぁ魅力はあるかもしれない。
私が悶々としてたら到着する目的駅…人多いな、よく出てくるよこんな混む所に。人混みに揺られながら、そう思っていたらいきなりギュッと手を握られた。
「え?」
「おめさんはぐれそうだからな」
「…っ子供じゃないんだから」
「ああ、分かってる」
「っ」
手を掴む新開君の真面目な顔に言葉を失い、そのまま新開君に連れられて無言のまま人混みの中を歩いていく。
そして連れてこられたのは眺めバツグンであろう有料席だった。
「…どうしたの?」
「ん?貰ったんだ」
あーもう!本当嘘つきだよね新開君って。
「これ私が行かないを貫いたらどうする気だったのよ」
「ああ、そんな事は考えもしなかったな」
サラッと言い、係員にチケットを見せ席にスタスタ歩いていく背中を追う。着いたのは簡易な椅子席だった、これは眺めがいいだろうと予想される。
「ほら、好きなの買って来なよ」
「…要らないぞ?いいのか?」
「え、お金じゃないの?」
数枚お札を渡す。のに突き返されるお札、その状態にクエスチョンマークが私達の周りに浮かぶ。何かすれ違っているのだろうか。
「…ほら、あすこに好きなチョコバナナあるよ。あとビールもよろしく」
「ああ、分かった」
戻ってきた新開君の手には相変わらずチョコバナナ数本…子供か。そしてお好み焼きにたこ焼きに…って本当いつかのお花見かっていう話だ。
「…生とは気が効くね」
「だろう?」
薄暗くなってきた中、乾杯をして飲み食べ始める私達。本当色気もへったくれもない。
そんな中花火大会が始まるまでの時間、仕事の話だったり、今更なのに学生時代の話をしたりした。
「…箱根学園の自転車競技部ね…聞いたこともあるかもしれない」
「お!そうなのか?」
「山神君は知ってる、かな」
「尽八か?」
「名前は知らないけど、ヒルクライムで目立ってたし覚えてる。あとカッコよかったし」
「そうか…」
ふふ、何だか懐かしい、結構毎年見てたしなぁ。そう思うと歳をとったと思うわ。
「新開君?」
黙り込んだ新開君を見たら目があった。
「なぁ、俺の事は?どう思ってる?」
「...早く出てけと思ってる」
「そうか、悪いな」
嘘だよ。この生活に慣れてきて、色々と面倒だったりなんだったりあるけど新開君との生活は楽しかったりする。
終わるのはもったいないと思い始めている事実に少しだけびっくりする。ああ、もうそんな事言えないけど、素直じゃなくてごめん。もしかしたら新開君も私の事…って思う時はいっぱいあるのに、この気持ちを言ったら新開君が離れていくのではと思うと進めないの。
…
なまえさんを花火大会に誘った。そりゃメインは花火より浴衣が見たいからに決まっているだろう?
浴衣を着たなまえさんはぐっと色気と上品さが増していた。きれいなうなじだったり、スッと歩く姿勢だったり、いつもより胸に来るものがある。
ああ、ちらちら見られているのなんて気づいてもいなそうだ。
色々と理由つけて、手を繋ぎ指定席に連れて行った。これは、給与出たからほんのお礼だ。色々食欲を満たしながら、昔話に花を咲かせる。
箱学の事を言ったらなまえさんが知っているとは思わなかった。が出てきた名前は尽八だった...そりゃヒルクライム毎年見ていたって言ってたしな。それを思い出すように微笑むなまえさんに、チクリと胸が痛くなる...なんだかすげぇ悔しいじゃないか。
俺の事をどう思っているか聞いたらまさかの”早く出ていけ”。
...でもななまえさんそのめちゃくちゃ寂しそうに言われるその言葉は俺にとっては都合よく解釈できるんだ。むしろ喜んだのを隠すように答えるのが難しいくらいだったぜ。
この前の誕生日の時だって、おめさんの誕生日に俺をパシらすって言ってたじゃないか。なまえさんは言葉以上に態度や表情でよく分かる、まぁ分かるのはきっと俺くらいだけどな。
「…なまえさんは面白いな」
「は?」
少しポカンと口を開ける姿すら可愛い。あぁ、もうその揺れる後れ髪っていうやつにも触りたいんだ。
「ほら、始まるぞ」
「分かってる」
アナウンスが入りながら打ち上げられる花火を眺める。
いやぁ…晴れてよかったぜ、あやうく無駄になるとこだったこのチケット。華やかに空を飾る花火を見ながら改めてそんな事にホッとする。
「やっぱスターマインだな」
「いや、柳でしょ。あの垂れさがる感じが風流で好きー」
俺の隣で控えめに笑っている、良かったなまえさんが楽しんでいるようで。
花火を見つめるなまえさんは、また儚げで綺麗だ。花火よりなまえさんを見とれていたら、いきなりこっちを向かれた。
「えっと、何?」
「...いや、おめさんが面白くて」
って違う、何言ってんだ。きれいだと言わなくては…内心焦る俺だが言葉が続かなかった。
「...花火見たら?」
…まぁ、そう言われるよな。
花火の間もチラチラとなまえさんを観察する。…イキイキと花火を見るなまえさんはやっぱり可愛い。今度どこ連れて行こうかな、あ、水着も見たいからプールか…いやそれは俺が保たない。あぁベタに遊園地か?
「最後はナイヤガラなんだな」
「定番だよね」
パチパチと音がし始め、徐々に広がるナイヤガラ。なんとももの寂しい感じが終わりを予感させる。背後に打ち上げられるスターマインが辺りをよりいっそう明るくさせる。
周りのカップルは寄り添ったりして、コッソリキスしたりしている。
…俺もなまえさんとしたい。ってなまえさんはそんな気にならないんだろうなぁ、くそ泣けるなこれ。ちょっとはそう言う雰囲気になるかなと期待したんだけどな。距離が縮まる事なく微妙な距離のまま…中々上手くはいかないな。
「帰るか?」
「…そだね」
終わりのアナウンスが流れる中。ゴミを持って立ち上がろうとするなまえさんに手を差し出す。なまえさんは少し迷った結果手を繋ぐと言う選択をしてくれた。やはりなんだかんだで優しいのだ。
「ありがとうね新開君、久しぶりの花火大会で楽しかったよ」
そんな笑顔のなまえさんに抱き着きたい衝動に駆られる。最近思う、俺結構我慢できるタイプだと。
「良かった。なら来年もくるか?」
「…ふん、それまでには出てってよね」
「もちろんだ」
ああ、だからおめさんその顔は俺を煽ってるぞ。
…
花火帰りの超満員電車の中ここぞとばかりに端のなまえさんに背後からくっつく。いや抱き着くといっても過言ではないかもしれない。そしてなまえさんの匂いを全て吸収するかの様に匂いを嗅ぐ…って俺は靖友か。
清潔感溢れる匂いがなんともなまえさんらしい。…どうしようもなく硬くなっちまったものをなまえさんの尻と言うか腰に当たってしまう。バレてるかもしれねぇな、でもまぁいいか。ああ、もうバレてるか…この真っ赤な耳を見ればそう言う事だろう。なんつーかイケナイ事してるみたいだ。
なぁ、なまえさんもそろそろ素直になろうぜ?俺も限界が近いんだ。
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