癒される
「今日遅かったね」
前々から時折帰りの遅い新開君。しかしそれはお互い様、決算期やらでしょうがないものはあるので個別での食事も多かった。
基本的に食事は先に帰った方が準備となっていた。それか帰宅時間の連絡取り合って決定となる。
新開君っというと料理は出来ることは出来る、しかし作られてくるものは新開君の好きな丼ものが多かった。悪くはないけれど、この歳で丼が続くのはさすがに胃に堪えてしまう。
さて、明日の夜は何を作ろうか…お皿を洗いながら考えた時だった。
「…なまえさん、明日仕事終わりに寄りたい所があって、合わせたいやつがいて付いてきて欲しいんだ」
「え…」
「いや、忙しかったらまたでいんだ」
皿洗いをする私の隣に立ったかと思いきや、珍しく神妙そうに口を開いた新開君。その雰囲気に引きずられるかの様に静かにうなづく事になった。
…
「今日は、俺の実家に行こうとしてるんだ」
「え!?」
仕事終わりに落ち合って、連れられるまま電車に乗って一息ついての一言。いきなりの展開に事態が飲み込めない。え、実家?なぜ…というか手土産すらない、そしてこの仕事終わりのボロボロの状態で付き合っている人の家に連れて行かれるという事に対して絶望感しかなかった。
「…あの、私こんな服で大丈夫?、ぇ」
「え、なまえさんその服よく似合ってるじゃないか」
"いや、そういう事じゃない"
明らかに通じていない新開君に、その言葉を飲み込んだ。先程と変わり、心臓がバクバクと音を立ててから回るしそうな程だ。これは、そのあの、紹介…的な感じ!?え、ちょっと早い気がする…!満員電車に揺られながら、この後の事を考えて私の眉間にシワが出来る。
「次降りるから」
「…っ、うん」
あーもう、何を呑気に構えてるのこいつは!私の動揺つゆ知らず、手を取って目的の駅で降ろされる。新開君は、雑踏の中下向く私を不思議に思う事なく連れて歩く。
流れていく景色の中、私の脳内はこれからのシミュレーションだった。
そして新開君のご実家の近くになったのか、今までしていた世間話を止めて一言言い放った。
「今日親居ないんだ、………えーと、だからなまえさん普通で良いから」
「!?」
私から顔を背けながら、口を覆い笑いを堪える新開君をみて、反射的に背中を叩いたのは致し方ない事だ。親が居ない?ならそれを早く言って欲しい。もうそんな反論も笑いを堪える新開君に言える訳もなかった。
でも"会って欲しい奴"って…
もうさっきの手前、聞きたくても聞けなくて新開君の背中を追うように歩いた。
そして連れてこられた所は、良いとこに建てられたご立派なお家…もうそれだけで委縮してしまう。
「ここ俺ん家な」
そう言いながら、ドアを開けて我が物顔て入っていく新開君を追って、靴を脱ぎ揃え室内へ入った。そしてリビングへ案内される。
「…で、なまえさんに合わせたかったのはこいつだ」
リビングの隅の柵の中、茶色の毛をしたウサギがそこにいた。
「昼間は外なんだけど、夜は家の中で過ごすんだ」
柵の外から背中を撫でる様にして呟く新開君。そう、見た事もないような新開君の顔だった。そんな柔らかい顔も出来たんだ…少し呆気に取られた。
「…私が触っても良いのかな?」
「良いぜ、な、ウサ吉?」
新開君は、薄い茶色の背中をなぞりながら、軽々と抱き上げた。
「ウサ吉っつーんだ。…あ、なまえさんお尻のとこ支えてな」
「ん、こう?」
ウサギを抱くなんて初めてで、体が硬くなる私の手を"ここ支えて"とか添える様に抱かせてくれる新開君。やたらあたたかい体温と共に柔らかい気持ちになる。
「…ウサ吉、良い子だね」
「そうだろう」
「ふふ、親バカ」
「しょうがないだろ?」
「まぁこんなに良い子だからね」
「………ウサ吉飼ったのは高校からで、結構歳なんだ」
「そうなんだ」
私に撫でられて耳を動かすウサ吉を抱え直す。そんなウサ吉を新開君は撫でながらポツリポツリと言葉を繋ぐ。
「…まぁ、高校の時に色々あって、こうウサ吉を飼うことになったんだ。なんとなくなんだけど、なまえさんに合わせたかったんだ」
「…そう」
「だからなんだって言う話だよな、悪いな仕事終わりに。今日誰もいねぇからごはん用意出来るのは俺しかいなかったんだ」
「ね、もしかして時々帰りが遅いのってここ寄ってたりする時もある?」
「あぁ、大当たりだ」
「新開君らしいね」
ウサギって人間の事を分かるのかな。きっとわかってるよね。
「…良かったねウサ吉、大切にしてもらってるんだね」
そうじゃないとお世辞が苦手な私の口からこんな言葉は出てこないだろう。
きっと新開君はウサ吉の前では私の知らない顔をたくさん見せているのだろう。あぁ、でもさっきは少しだけ見せてくれた気がする。そんな些細な事が嬉しくて、涙腺が緩みそうになる。
私の膝でリラックスするウサ吉。飼い主にも似るのか意外と私にも懐いてくれるらしい、いや片手に人参を持ってるせいだろうか。
しかし、この愛くるしい姿を見ていたら、仕事の疲れも吹っ飛ぶ勢いだ。
「…良いな、ウサ吉…」
「え…?」
ウサ吉を撫でて癒されていた私の耳に入った小声。隣からウサ吉と私を見てくる新開君に顔を向けるとふいっと目を逸らされた。
「…」
「悪い、思わず口から出た。聞かなった事にしてくれないか?」
「…んー…ここ?」
正座に近い自分の足…、ウサ吉が乗るところを軽くポンポンと叩くと新開君は気まずそうに"まぁ…"と言う。それに思わず笑った。
「ウサ吉ー、君のご主人さんも一緒にここ乗りたいんだって」
"はい"っと新開君にウサ吉を抱かせて、不思議そうな顔する新開君に自分の太ももを軽く叩いてアピールしてあげる。そう、今日は気分が良いので特別だ。
「ほら、二人とも膝枕してあげる」
「っ!」
そう言うと新開君は、ウサ吉を抱っこしながら私の太ももに頭を置いてきた。当たり前だけれど、ウサ吉とは違う毛並み…そんな新開君の髪の毛をウサ吉を撫でる様に撫で付けた。
「〜っ…ウサ吉…俺死ぬのかもしれない」
お腹に乗せたウサ吉を片手であやす様に撫でる新開君。そして少し照れる顔をもう片手で覆いながらいつもの様にアホな事を呟いている。
「今日はありがとう」
一歩だけ踏み込ませてくれた新開君とウサ吉にお礼の言葉を述べた。
(ウサ吉のその後捏造設定)
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