ぬるま湯に浸かれ
あなたは意外と抜けてるって私以外は気付いているのかな?
夏のどこぞの合コンの後の週明け、私は後輩達に聞かれ根掘り葉掘りと質問を投げかけられたんだよ。そりゃあれだけ人前でその…あんなキスされれば聞きたくなるのが人間の性ってもんじゃないのかな。うん、私だってそんな事が目の前で起こったら、とりあえずネタにして話してしまうだろう。
「新開さんめっちゃカッコよかった」
「王子様みたいで〜」
「なにそれ、王子様って…でもビックリしましたよーなまえさん!!」
あの時は苦笑いで返したけれど、今なら真顔でそんな事ないよって答えられる。
いや、言い方は違うかな。でもけして新開君は王子様なんて柄じゃないのは確かだ。
会社終わりのスマフォには、"もう帰ってる"という新開君のメッセージ。それを確認しながら、夕飯の献立を考えた。えーと、朝の残りの味噌汁と、あと魚あったから簡単にムニエルにでもしてレモンソースで…、あとキャベツ残ってるからベーコンとマヨネーズ、コーン混ぜてサラダで… 頭で調理しながら、帰宅の途についた。
「ただいまー」
ドアを開けたら誰もいない玄関に私の声が響く。あ、珍しく出迎えてくれない…いつもは顔くらいだしてくれるのに、そう思ってしまうのは、私の中に新開君が住み着いているという事だろうか。そう私は大分絆されていた。
そしてリビングとの境のドアを開けると、キッチンでは新開君が佇んでいた。そしてその手元には大量のワカメがボールにギチギチと入っていた。
「…」
「!なまえさん、おかえり。あのな、味噌汁にこれくらいワカメ入れて先に味噌汁でご飯一杯先に食べようとしたんだ。で水で戻せと書いてあったから戻したら、これが驚くことに凄く増えたんだ」
言葉を出さない私に真顔でありのままの状態を報告してくれる新開君。"これくらい"のジェスチャーをする新開君に、私が出した答えはとりあえず三杯酢を作るっていう事だった。
あぁもう、これだから新開くんは飽きないんだ。普通の状態ならそれくらい知ってろ!と言いたい、けれど面白いほど真顔過ぎて言えない。新開君はどこか残念、ただこの増えたワカメに驚く真顔ですら何かを擽られる。
「悪いな、知らなくて」
素直に謝る新開君に吹き出したように笑った。
あぁ、このワカメの量なら明日もワカメを使った料理を考えなければならないね。きっと新開君の事、美味しく食べてくれるのだろう。手元のボールで三杯酢を作りながら、笑みを浮かべた。
…
いつもより多めの三杯酢で和えたワカメを副菜に夕飯を済ませて、テレビを付けた。
テレビに映るのは、爽やかに歌ってるアイドルだ。枯れていた私に笑顔を振りまく姿は癒しにしかならない、例えそれが営業用の顔だとしても画面のこちらの私に微笑みかけてくれる笑顔は私だけのものだ。
「はぁ…〇〇君可愛いー…」
テレビで踊り歌っている中で特に好きなアイドルへの気持ちが独り言のように溢れた。一人暮らしが長いと独り言が多くなるとか言われるが、私はその中に入っているのだろう。
その瞬間、パチッとテレビが消された。目の前で踊って歌ってくれていた子達は黒い画面になり、そこに映るのは私と新開君であった。
「…観てたんだけど」
「そうかぁ?流してるだけなら電気料勿体無いからな」
伏せ目がちにカタンとテレビのリモコンを置いて、お風呂に入りにいった新開君。まぁもちろんそんな事では私の観たい欲求は止められる訳もない。もう一度テレビをつけた、がしかしもう歌い終わって最後のポーズをとっているところであった。
新開君が電気料とか気にするやつじゃないのは明白だ。本当にあいつは分かりやすいんだから。機嫌が急降下しただろう新開君を負うように、風呂場に向かった。脱衣所には着替え用の下着のみが置いてあった。
「新開くーん、バスタオル出しておくね」
「おー!ありがとうなまえさん」
風呂場に向かって投げかけた言葉に明るい返事が返ってくる。これで脱衣所の床も水滴から守られるし、私の色々も守られた筈だ。
あれだけ風呂に入る時はタオル出しておけって言ったのに…よく忘れるんだから。新開君の着替え用のボクサーパンツの上にバスタオルを置いた。
そしてその隣に自分の下着と寝間着を置いて、バスタオルを置いたのだった。
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