波乱の来訪者


前々から言われていた事がある。勿論というべきか、それを言うのは新開君である。

"偶には「おかえりっかっこハート」で笑顔で迎えて欲しい"

ある日帰宅して、ご飯を作る私の隣に立ち真顔で言ってきた新開君。それに対して、寝言は寝て言えと言ったのは結構前だった。

本日時刻は19時少し前、月曜だと言うのにほぼ定時に上がれた事で気分は上々だったせいだと言いたい。人間、柄にもない事をしたら大体は上手くいかないのだ。
ピンポーンと軽やかなチャイムが鳴り、頭の中で最近ネット通販してなかったし宅配便ではない事が想像ついた。残る選択肢は限られる。新開君、わざわざチャイム鳴らさなくても良いのに…そう呆れながらも調理の手を止めて玄関へと向かった。
この無機質なドアの向こうは朝見た顔だと思い、鍵を開けドアを開くと同時に声を放った。

「おかえり!」

これでも笑顔とそして語尾にハートを付けてみたのだが、目の前の人物に対して私は戸惑いが隠せなかった。何しろ見たことない人が立っていたからだ。
黒い髪に、タレ目、独特の甘い顔…一瞬誰かの顔が過ぎった。

「わーい、ただいまー」
「あ、ぁぁ…!本当すいません、すいません!」

ニコッと笑いながら私の"おかえり"の言葉の続きをしてくれる男性に対して平謝りをしたのだ。しっかり顔見てから言うべきだったと後悔するがもちろん遅かった。

「えー、凄くよかったよ」
「いや、本当すいません………あの、そしてどちらさ…ぁ」
「気付いた?」
「え、と新開君の弟…さん?」
「そ、当たり!隼人君最近家に帰らないから何かあったのかなぁ…って、ね?」

私を爪先から頭まで舐める様に目を這わされ、その目線のキツさに萎縮してしまう。そんな固まる私に気付いたのか弟さんは、不敵に笑った。

「そんな怖がらなくて良いって、女の人と住んでるって言うからちょーっと調べただけだよ。俺、新開悠人よろしくね」
「ぁ…はい、えと私はみょうじなまえです、悠人、君?よろしくね」

目の前で差し出される右手、握手を求めるその右手を握るとギュッと力を込められた。少しだけ握手している時間が長い気がして、離そうとすると鼻で笑われた。そして鳴り響くのはお腹の音であった。

「お腹空いた」
「…」

そう言い放ちながら、おそらく手土産のドーナッツを見せ付ける彼はさすがと言えよう。その圧力に屈してしまい、自宅への侵入を許したのだ。











「なまえちゃん中々上手だね」
「あ、ありがとう」
「しっかり味染み込んでて良かったよ、この里芋」

新開君よりも無邪気さが漂う悠人君に乗せられて、軽食を提供してしまった。寧ろあの状況で追い出せるか?いや追い出せる訳がない。どこか挑戦的な目線は時折感じるのだが、この明るさと無邪気さに掻き消されてしまう。腹の底が見えないところは新開家の血なのだろうか。でも、まぁそれにしてもよく似てる…眺め過ぎた私。

「俺、穴空いちゃうってなまえちゃん」
「ごめん、つい似てるなぁって」

口で笑いながら、ガサゴソと持ってきた手土産を開けて、ドーナッツを自ら食べ始めた悠人君。悠人君が、"はいっ!"と目の前…というよりも口の前にドーナッツを突き出すので衝動的に口を開け、一口噛み付いた。

「ただいま、なまえさん」
「んっ!」
「あ、おかえりー隼人君」

いつの間にか帰ってきていた新開君に驚き、ドーナッツでパサつく口はむせる事になった。ゴホゴホとむせる私に悠人君から水が差し出された。水をグイッと飲み込んだ。
が、私がスッキリしたのとは逆に、例えようのない雰囲気がただよっていた。

「何してるんだ?悠人」
「なまえちゃんにも言ったけど、隼人君が珍しく他人と住んでるっていうからどんな人かと興味湧いたんだよ」
「そうか、でもいきなりはダメだろ」
「え、だってそうでもしないと隼人君絶対会わせてくれないじゃん」

淡々と話す2人の会話。さすがと言えば良いのか、2人とも何を考えているのかが中々読めない。ネクタイを緩めジャケット脱ぐ無表情の新開君と笑みを浮かべてドーナッツをまだ食べ続ける悠人君。

「…なまえさん、ご飯ある?」
「え、うん。用意するね」
「っていう事だ。悠人、もう帰れよ大学あるだろ?」
「…。んー…そうだね、じゃ今日の所はこれで帰るよ」

夕飯の準備をしようと手を洗う私。悠人君には食後のコーヒーでも出そうかと思っていたのに拍子抜けしてしまった。ガタッと椅子から立ち上がった悠人君が私の隣に立った。
そして私の言葉待たずに、手を洗う私の頬にチュッと軽い音を立てた。その柔らかな唇は、どこかの誰かさんと似た様な感触であった。

「へ!?」
「おい」
「ご飯ご馳走様って事で、悪くなかったよなまえちゃん」

"じゃ、また来るね〜"と笑顔で手を振った悠人君を戸惑いながら見送った。これが20歳過ぎているっていうのが恐ろしい程にあざとい。
嵐の様な悠人君が過ぎ去ると同時に残るのは、非常に機嫌を悪くしている新開君と驚いて水が出しっ放しだったのを慌てて止めた私であった。どうやら今夜は荒れそうです。
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