距離の模索


「なぁ、なまえさん。」

予想よりも低く声を発した。それはそうであろう、疲れて帰ってきたというのに、玄関には見慣れた靴と並んで、男物の靴。もう時刻は20時を過ぎていたし、遅くなった俺も悪いと言えば悪いと言うべきか。
数ヶ月ぶりにあった悠人は相変わらずであった。兄弟だというのに、やたら好戦的な目線を投げかける悠人が過ぎ去ったリビング。
出された夕食を食べながら、悠人との会話内容を確認した俺は女々しいのかどうか分からねぇ。
というか、まずなんで悠人が"悠人君"呼びなんだ。先ずはそこだろうなまえさん!?

「ほら、なまえさん。"隼人君"」
「何?新開君」
「…」

会話ついでにそう言えば、シレッと言い直されてしまって、思わず黙る俺。え、これ俺がいけねぇの?なんつーか、これ以上言ったらやはり女々しいだけじゃないかい?
食器を置いた音でなまえさんが"もうお腹いっぱい?"と少し焦りながら首を傾げてくる。いやもうどれだけ俺"食"で成り立ってると思われてんだろうか。まだ食べると言うとホッとされるしな…。







夕食後に、無言でなまえさんの身体を組み敷いた。そんな俺に何かを察したのか、力強く腕を差し戻そうとする。そんな力ではびくともしねぇなんて分かりきっているであろう。
そのまま、流れる様に首筋に噛み付けば痛いという苦々しいお小言が返ってくる。

「んなことない癖にな」
「いや、痛いもんは痛いって…」

痕も残るしと難しい顔をして照れるなまえさんに煽られる。本当分かってねぇよなこの人。そう思い、意気揚々と手を進めようとしたらその手をパシッと掴まれた。そのなまえさんの表情は硬かった。

「はい、今日はダメ」
「え…」
「生理だから」
「…」
「新開君?」
「ここはお仕置きえっちが流れじゃないか!?」
「アウトです」

目の前で誇らしげに腕でバツマークをするなまえさん。くそ…嵌められていた。クシャクシャと1日の汚れをまとった髪の毛をかいた。ワザと重い空気にしていたっていうのに台無しだろう?
俺の手よりもひと回りも小さいなまえさんの手をとり、自らの下半身に手を伸ばさせた。勝手に期待して、半分膨らんでいた場所は、なまえさんの手でピクンと波打った。

「っ、あのさ…言ったよね?」
「なぁなまえさん、まだ出来る事あるんじゃないかい?」

なんで新開君が偉そうなのよとブツブツと文句を言う唇。その割には戸惑いを見せる手に興奮を覚える。
多少の反抗を見せるなまえさんの手を無言で導き、ジャージから硬くなっちまったモノを外に出させた。

「、本当に?」
「嫌なら名前で呼んでくれないか?」

俺がそう言うと目を丸くするなまえさん。何かを言い留まった口はそのまま口を開く事なかった。それに寂しさと虚しさを抱くのには充分過ぎた。
そのまま無言で、モノに手を伸ばし上下に動かすなまえさん。温かい手に包まれて、気持ち良さが身体に広がる。でもさ、そんなに名前で呼ぶのは嫌なのかよ…、頑固すぎねぇ?これくれぇで苛立つなんてなまえさんだからなのに分かってくれねぇなんて酷い話だ。やり場のない虚しさの行き着く場所なんてもうなかった。

「舐めて」
「え、」
「口開けられねぇの?」

そう言うとなまえさんは泣きそうになりながら、舌を這わせた。濡れた舌が裏筋を舐めあげて、その快感はゾワリと背筋に走った。優しく手を沿わせ、亀頭を舐め回すなまえさんの舌にもどかしさを感じる。そしてパクッと口に含まれ見えなくなった。僅かに歯があたり、正直痛くて顔を歪めた。
つか、そこで気付くとか遅すぎた。そう、なまえさんに口でしてもらうなんて初めてだって事に。

「なまえさん…歯当たるといてぇ」
「ん…」

焦って、舌をクッションに当てながらたどたどしく上下にする顔。その弱々しく、たどたどしさが更に興奮を呼んで思わずなまえさんの頭に手を当てた。っつか、限界なんだよ…この状況。訳も分からず俺のストレス発散の様なこの状況を受け入れちまって、奉仕してくれるなまえさんが。

そこからなんて正直頭が真っ白で、そんなのは言い訳にもならねぇのは分かりきっていた。グチュグチュと唾液と我慢汁が混ざる音が響く部屋の中、時折苦しそうな息をあげるなまえさんの頭を掴む様に、腰を振ってしまった。手加減をしたつもりだけれども、やはり苦しいらしく、溢れる涙が頬を伝った。

「っと、わりぃ…でる、っ!」

限界を超えた本能のまま、濁った欲望を口の中に解き放った。しまったと後悔をしながら、ティッシュ箱に手を伸ばした。目の前で座り込んだなまえさんはギュッと目を瞑りながら喉を上下させた。

「っ!」
「う…ぐぇ…」

その姿に後悔ばかりが押し寄せてきて、ティッシュ数枚を渡す。口の端に垂れている俺の精液を拭う姿にあらぬ独占欲が沸き立つ。しかし未だ言葉に出せずに咳込んだりしているなまえさんにそんな事なんて言えなかった。

「マズイ…」
「…、でもこれ飲むもんだぜ?」
「え。そうなの!?」

場を和ませるためについた冗談が数ヶ月後に激しく怒らせる理由になったのだが、ここは置いておこう。まさか信じると思わなかった一言で僅かな穏やかさを取り戻した。いや、取り戻したのは俺の冷静さだけれど。

その後風呂に入り、ふわふわの寝巻きを着るなまえさんを自分の布団へと引きずり込んだ。鼻を掠めるシャンプーの香りは、俺の髪と一緒の筈なのに、どこか違うものに感じる。柔らかな温もりを享受していた。

「で、新開君は機嫌直った?」
「…いや、でもやっぱり理由は聞きてぇ。"新開君"な理由」
「えー…めんどくさ。というかさっき口でしてあげたし」
「そりゃねぇって、なまえさん」

呆れ声のなまえさんの身体を背後から抱きしめながら、髪にスリスリと顔を埋める。えーとかあーとか、言い迷うなまえさんが少し面白くて、どんな理由を言ってくれるのかの期待をした。その期待は裏切られる事はなかった。

「えー…絶対新開君笑いそうだし、嫌、また今度」
「笑わねぇから、」
「んー…」
「じゃねぇと、明日からずっと聞くぜ?」
「うわ、シツコイ」
「ほら!なまえさん!」
「えー…ん〜…」

モゾモゾと俺の腕の中で体勢を向き直すと少しムッとしている顔に対面した。誰も聞いてる訳がねぇのに、そのまま俺に耳打ちする様に口を近付けた。耳にかかる息がくすぐったく少し笑ってしまった。

「だって"新開君"って呼べる期間なんて少ないでしょう?」

それだけだからと言い逃げして布団から出ようとするなまえさんを逃す訳がなかった。一気に体温は40度に上がったんじゃねぇかと思うほどに熱くなる身体の内側。突然与えられた最上級の理由に自分でもどんな顔をしてるかなんて見たくもない。
その言葉の意味が分からない程子供じゃなく、それに対して上手く答えることができる程大人でもなかった。どんなに言葉しても伝える事のないこの熱、これ程までに言葉に出来ねぇのも初めてかもしれねぇ。
ただただ、俺の予想に反して愛を感じた一言に涙が溢れそうで、無言のまま逃がさない様に腕に力を込めたのだ。ああ、俺だけじゃなかったんだとそう思うだけで幸せであった。



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