かわす


ついに買ってしまった。何がってそりゃ、新車だ。仕事を始めてから貯めたお金で一気に買ったのでローンもなし。お陰で凄い愛着がわく。

夏だから夕立ちも降る。なので通勤で使った2週間が終わり良い天気の土曜と言ったら、することは洗車であろう。もちろん初めて洗車道具まで買ってしまった。前の親から譲られた車は洗車機に通しているだけだったのにこの変わりよう。ラフめの格好で外に出る。そして愛車を撫でるようにしてからドアを開ける。
アパートでは外水道がないので、近場の洗車場に行くことにする。初めての洗車場だ。

ぇー、とここにお金入れれば良いんだよね?暑い陽射しの中、洗浄機械の前で立ちすくむ私。で、このレバーを握れば水がジャーって出るんだよね?
掠れた説明板を見る。あぁもう見にくいな。

「ここの洗車場水圧高めだからな」

強い水音に混ざって声が聞こえる。声の主を見ると車に水を当てている青めのメッシュが似合う垂れ目なイケメンさんでした。

「あ、はい」
「でお金入れて、メニュー選んで、そのレバーで...」

自分の方の水を止めて、ササッと説明してくれる意外と良い人だった。

言われた通りに、お金を入れてレバーを握って固定バーをかけて水を出す。勢いの良い強力な水を愛車に浴びさせる。おー、これだけでも随分綺麗になりそうだ。水しぶきによって虹まででて思わず笑顔になる。

お金切れで意外と早く水が止まってしまった。まぁ100円ならこのくらいか、次は200円にしよ。でもこれだけ濡れてれば大丈夫か。持ってきた洗車道具で愛車を泡まみれにしていく。

「おめさん、その車好きなんだな」
先ほどのイケメンさんが笑って話しかけてきている。
「…そうですね、そちらも好きそうですね」
「まぁ、そうだな」
無視するのもアレなので一応一言返す私。

しばらくするとイケメンさんが話しかけてきた。
「おめさんのさっきの笑顔が可愛かったぞ」
「...え、ありがとうございます」
イケメンさんの突然の発言に一瞬戸惑ってしまう。

「名前教えてくれないか?俺は新開隼人って言うんだ」
「...」

...うーん、これナンパだよね?イケメンさんでもナンパしないといけない時代なのか?いや、イケメンだからこそナンパなのか?
手は動かしながらどう応えようかと考える。正直、職業がサービス業だし勘違いする人も多少はいるから、こういうのには慣れている。

「ちび○子です」
あからさまな偽名を言う私。

「ははっ、おめさん面白いな」
「それはどうも」
一瞬面食らったシンカイさんだが直ぐに返してきた。そんな中シンカイさんも車を泡まみれにしている。

「おめさん美脚だな」
「どーも、シンカイさんもカッコイイですよー」
会話を避けられない場合は、大体こういう対応はおうむ返しが基本になるのだ。あとは何となくやり過ごす。
ただこの人がカッコイイのは本心だ。Tシャツから覗く腕もそれなりに筋肉あって、青メッシュの入った長めの茶髪は少し濡れて髪に張り付いていて何故だか色っぽい。なんだかんだでちゃっかり盗み見ている自分が嫌だ。いや、イケメンはいつだって目の保養だ、コソッと堪能するくらいは許されるであろう。

「この後ご飯でも食べに行かないか?食べ放題だ」
「プッ、いい年して食べ放題に釣られませんよ?」
真顔で言ってくるちょっと抜けたセリフに思わず吹き出す。
「ナンパならもっと上手くしないとダメですよ」
「そうかぁ?じゃぁ次の言葉考えないとな」

素直なシンカイさんが面白い。が本当にどこまで計算なんだか、いや全てが計算なんではないだろうか。

車半分は洗い終わった。あと半分だ。意外と体力使うな、背伸びやらするし。なんしろナンパも相手にしながらだしな。

「おめさん、俺がどこでもこう言っていると思っているのか?」
「まぁ、そうですね」
「そうか。俺は誰でもかれにもこう言っている訳じゃないんだぜ?これが初めてなんだ、おめさんにだけだ」
そう言い濡れた手でバキュンっと私を撃ってきた。ので、シンカイさんの指から水が少し飛ぶ。その動作は本当このレベルの人でないと寒々しいだけなのだが、シンカイさんはやけに似合う。やはりこの人手練れなのだろう。

「へぇ...奇遇ですね。私も誰彼構わず断っている訳じゃないんですよ?」

「...。まさかそう切り返されるとは思わなかったな。すごく切ないじゃないか」
少し困り顔のシンカイさんだ。

「おめさん美人さんだから、こう言うの慣れてるんだな?まぁ男の気持ちはよく分かるな」
「そんな事ないですよ。今もどう断ろうか迷ってますからー」
棒読みする私。
そんな会話をしながらシンカイさんは愛車を流し終わったらしく、専用の布で拭いている。イケメンと車は良い組み合わせだなこれは。

さ、これで、帰ってくれるかなと思いきや私の近くにきたシンカイさん。
「あの?」
「あぁ、まだ口説こうかと思って」
「...」
意外としつこいなこの人も。口説こうか発言もこの人でなかったら通報しているところかもしれない。それをしない現金な私だ。

「はぁ...、だからご飯行かないですって」
「うーん、じゃせめて連絡先教えてくれないか?」
しゃがみこんで上目遣いに洗車する私を見つめてくる。畜生なんだか可愛いなこの人...ってこの人きっとこれだって計算だ。
「0120-○○○-○○○」
「うーん、それ繋がらないだろ?」
「疑わないでくださいよ、声はしますって」
おかけになった電話番号は〜ってと心で付け足しておく。
「すげぇ俺のタイプなんだ」
「そりゃどうも」
「そう、その冷たい感じも好きだな」
「じゃもっと冷たくしますね」
「いや、やっぱり温かくしてくれ」
「却下です」
「あぁ、そりゃしくじったな」
本当に残念そうな顔をするので思わず笑ってしまった。
この人ナンパなのに面白いな。強気なナンパであっさりしているのはよくいるけど、下手にでながら面白いけどしつこいナンパ初めてだ。でもこうやって引っかけるのであろう。

うだうだ言うシンカイさんはほっときながら、運転席のドアを開けて足をかけて天井にスポンジを伸ばす。
そんな私を見つめる視線が気になる。あの...そんなに見られたら緊張するんだけど。

堪らずシンカイさんに声をかける。
「あの、見過ぎじゃありません?」
「そうかぁ?中々良い眺めなんだ。美人さんが車を洗う姿はなかなか良いと今気付いたんだ」

無視をして後部座席のドアも開けて足をかけて天井を洗う。背後からのやたら身体に突き刺さる目線が気になる。
目線が鬱陶しくてチラッと睨むようにしゃがんでいるシンカイさんを見るとニコッとして手を振ってくれる。いや、あの見るのやめてほしいんだけど。
身体全体を舐め回すような、まとわりつく鋭い視線がなんとも恥ずかしい気分にさせられる。薄いTシャツとショートパンツだけではガードが心許ない、視線で丸裸にされている気がする。もういっそのことコートを着たくなる感じだ。なんと言うか視姦だよこれ...。思わず身体が熱を持ちそうで、身体が縮こまる感じがする。

「おめさんやっぱり美脚だな」
「...どうも」
「そしていい女だな」
「シンカイさんもナンパしなければいい男ですよ」
「いやぁ、本当におめさんだけなんだけどな」
少しため息をつくシンカイさん。参ったように頭を掻く姿さえ様になるのにな、勿体無い。そしてこの人は息を吐くように口説き文句が出てくる様だ。

「黒か、よく似合ってる。上も一緒か?」
「!」
思わず天井を洗うのもやめて、車から降りる。そりゃ、暑いし濡れても良いように適当なTシャツにショートパンツだったよ!裾野から見られたのか。
「...通報しますよ?」
「あぁ、おめさんになら捕まりたいな」
「捕まえるのはお巡りさんのおじさんですから」
「いや、せめてお姉さんがいいな」

はぁ、もう洗い流して帰ろう。泡で濡れた手でホースの先の洗浄レバーに手をかけて機械に小銭をチャリンチャリンと入れる。
グイーン、ゴボゴボと動く音がし、手元に水がくる気配がする。

「!まてって!」
「っ!」
シンカイさんがいきなり焦るような声を上げたがそれは間に合わなかった。
1番最初に続けて出るようにと固定レバーを引いていたままで勝手に吹き出す水と強い水圧でホースが暴れる。泡まみれの手から持ち手を放してしまった。ホースが暴れて勢いよく噴き出す水が自分にかかる...っ!急いで地面で暴れる持ち手をホースを辿りながら拾って戻そうとする。すると後ろからガシッと私の身体を覆うように逞しい二本の腕が回されて手を支えられて安定するホース。そして手を上から握られてレバーを戻してくれる、そうシンカイさんが。

「....ぁっ」
「だから最初に言ったろ?水圧強いって」
上から聞こえる軽く笑うシンカイさんの声。顔だけゆっくり振り向くとシンカイさんまでほぼ全身濡れていた。そりゃあれだけホース暴れましたもんね...。濡れてしまった明るい髪をかきあげるシンカイさんにドキッとする。
「っ、すいません...」
呟くように謝る。水も滴るいい男ですねとか言えなかった。
「大丈夫だって」
うー...情けない他人様にまで水かけてしまった。
そしてほぼ抱き締められているこの状況をどうしたらいいのか。全身ずぶ濡れの私とシンカイさん。暑い陽射しの中、ポタポタと落ちる水がコンクリートを黒くする。そしてTシャツが肌に張り付き、背中にはシンカイさんの濡れた胸板があたる。身体に回された血管の浮き出る濡れた腕と重ねられた手がやけに生々しい。

「...じゃ、一緒に流そうな」
今までよりも一段と低い声が腰に響き、思わず腰が抜けそうになる。
...なんっつーエロい声を出すのだろうかシンカイハヤトと言う男は。それがバレたのか背後から腰に手を当ててくるシンカイさんの手つきにぴくっと反応してしまう。

もう水をかけてしまった罪悪感も含むせいなのか何故か抵抗出来なくなった。全身ずぶ濡れ、抱きすくめるられる様に後ろから腕を回されたまま一緒に愛車を無言のまま洗い流していく。私が抵抗しない理由は、この真っ赤な顔を見られたくないというのも含んでいる。
この共同作業をみたらどごぞのカップルかと思う光景であろう。持ち手に重ねられた私の手を覆う大きい手が何ともいやらしい。

「...おめさん名前は?」
「...みょうじ...なまえ」
小声で言ったのはせめてもの抵抗だ。あぁ、もうなぜ私の意思と反してこの口は開いてしまったんだろうか。

「美人さんだと思ったけど可愛いななまえさん」
どうでもいいけどその声で後ろから喋るのやめてくれないだろうか。そのせいでやたら身体が熱くなる。息の仕方を忘れたように早くなる呼吸を隠そうとする私。あぁもうこれは夏のせいだ。


車を流し終わり、水の出てないホースの持ち手を離さないシンカイさんと私。私の場合は上から手が握られているせいで離せられないのだけれど。このほぼ抱きすくめるられている状況にどうにかなりそうだ。いつの間にか頭の中がショートしていた。

シンカイさんはホースを元に戻し、動けなくなってしまった私に詰め寄ってくる。顔を見れなくて俯く私を濡れた車に追いやる。そして逃げられないようにか私のサイドに腕をやり、車に手をつく。壁ドンならぬ車ドンだ。言葉だけなら事故っぽい、いやこれ事故よりも心臓に悪い。
何も出来なくて、シンカイさんのTシャツが張り付いた胸元を見るがそれすら心臓に悪くて、目線が彷徨う。
シンカイさんの前髪から落ちる雫が私の前髪にかかり頬を伝う。
「ああ、濡れちまったななまえさん、色っぽいな」
「...っ」
私の濡れた前髪を弄るシンカイさん。

「濡れた後は泡で洗うんじゃないのか?せっかくだから一緒に洗おうぜなまえさん」

逞しい腕の籠の中で思わず頷いてしまったバカな私を誰か責めてくれないでしょうか。








(大人ナンパ新開/ちゃこさんのリクにみわの"新開さんに水をぶっかけたい"希望を混ぜてしまいました 10000hitリク )


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