寒さ
極寒の2月。そりゃこの箱根学園ともなればそれでも彼らはペダルを回すのだ。そしてそのお手伝いをするのがこの寒がりな私。この前荒北からは、大層な肉ついてんのに寒ィのかと罵られたところだ。私は言ってやりたい、あんたはなぜその体で耐えられるのかと。
「うう、寒ぃぃ」
校舎裏、吹きっさらしの風が身に突き刺さり、つい口から漏れる独り言。
この中、彼らは何十キロの速度を出しながら走るんでしょ?身がもたないよ。
「寒い、寒い…寒ーい!!!」
独りだからと言って声を大きくして言ってみる。しかし寒い事には変わらない、だが気だけが紛れた気がする…あくまで気がするだけだ。
洗濯でかじかむ手を擦る。赤くなってるし…、ささくれ痛いしもう…。
「寒いっんだってば、もう!」
なんとも盛大な独り言だ。
「…うるさいっスよ」
「え」
まさかの独り言に返事が返ってきた。校舎の陰から面倒くさそうに顔を出したのは黒田君だ。その青白い髪を見ていると"雪"という字がしっかりと当てはまるようだ。
「ごめん、本当独り言で…その声出せば多少あったかくなるかと」
「はぁ…ほんとなまえさんバカっスね」
い、一応先輩なんだけど私、多少頭が足りないかもしれないけどさ。
そんな私に、はぁ…と盛大なため息をついた黒田君がいきなり白い箱学ジャージのジッパーを下げて脱ぎだす。
「…俺走りいってくるんで、コレ着てていいっスよ」
私の手首を意外とガッシリしている手で掴まれて、黒田君のジャージを握らされた。そのまま翻してスタスタ歩いていく黒田君。遠ざかる背中を見送りながら、有り難く白いジャージに袖を通す。なかなかやるじゃん黒田君もー、私の教育の賜物だ…いや私が足りないだけか。呑気にそんな事を考えながら羽織るジャージ。
「っ」
アレ?意外と大きい。貸してもらったジャージの袖はがっつり手が隠れてしまい、丈は太ももの半分を覆う。
なんていうか…いつも荒北に食ってかかって負けて、悔しそうにしているどこか可愛い後輩なのに。あと荒北や福富君と並ぶと少し小さいし、でもどこか自信有り気な黒田君を微笑ましく見守っていたつもりなのにな…。やっぱりしっかり男の子なんだ、そういえば手も意外と大きかったし…まだまだこれから背も伸びるのかもしれないなぁ。
ぶかぶかのジャージを着てマネ業を行う。やっぱりジャージ2枚のが暖かいや。
「黒田君ありがとうね、これすっごくあったかい。助かっちゃった」
戻ってきた黒田君に、着たままジャージを指で引っ張りながら自慢するかの様に話しかける。
「それは良かったです」
穏やかな顔でそう言ってくれる後輩。…うんうん、本当この謙虚さ!どこかの3年にも教えてあげたい。
「優しいよね!黒田君って…あ!あと意外とジャージ大きくてビックリしたんだよね!もっと私にピッタリかと思っていたんだけど。ねね!また明日もジャージ貸してよ」
お気楽に袖の余る手をブラブラしながら言う私。
そんな私を訝しげに見たと思ったら、少し距離を詰められる。
「…なまえ先輩、俺だって男っスよ?分かってます?」
耳元で私にしか聞こえないくらいの声量で言う黒田君。先程までの声と同じなのに、何か意味合いを含んだような色気のある声に硬直した私。そんな私のおでこにしたり顏でデコピンをしていった黒田君だった。
(ネタ構成 すずちゃん)
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