冬の登下校
本日、ある場所で行われる周回レースだ。なので箱学からはクライマー以外の出場が中心だ。
レースの事はよく分からないが福富君からは、入部した時からトップでゴールに着けばいいと何とも分かりやすい説明を受けてある。あとは、監督やら部員に従って、気合い入れて応援するだけだ。
レースを見るというのもほぼ一瞬だ。あとは私の知らないところで色々な駆け引きをしながら走っているのであろう。そんな事を毎回おもいながら彼奴らを応援する。
周回は移動しなくても回ってくるから良いな。
「みょうじさん楽しそうっすね」
「うん、なかなか!」
隣から今日は出ない黒田君が話しかけてきた。
「やっぱトップっスね」
「じゃなきゃ箱学じゃないんでしょう」
「ですね」
遠くから車輪の音が近づいてくる。それに顔を上げる私と観客。寒いのに熱気がある会場がだ。走っている本人達は尚更だろう。
見慣れた奴等が先頭でやってくる。観客が声をかける。
「いけぇーーーー!!新開っ!!荒北ぁぁ!」
もちろん私も負けじと叫ぶ。部活やっていたし知っている。応援というのは気合いなのだ。
不敵にパワーバー咥えて笑う新開と変わらない福富君と靖友を筆頭に続々と通過していく。
…やっぱかっこいいわあの自転車バカ共は。
「…みょうじさんって誰応援なんすか?」
熱気あふれる会場の中、ぽつりと私に聞こえるだけの声量で聞いてきた黒田君。
「ん?箱学の皆だけど?だから次回って来たら福富君を叫ぶよ」
無表情に近い黒田君に笑って返す。
「それは部活のみょうじさんじゃないっすか。個人的には誰なんすか?」
「えー…そんなの知りたいんだ?えー…」
個人的ににねぇ…。そりゃやっぱり靖友になってしまう。でもそんな事を言うのはは恥ずかしい。
「…そうだね。黒田君だね!」
黒田君の顔を覗き込みながら1番ベストであろう答えを言った。
「っ!みょうじさんズルいんですけど!?」
鼻下を擦り少し照れる黒田君が可愛くて、思わず頭を撫でる。
「ふふ、先輩をからかうんじゃないのー」
「はぁ、そう言うなら今度のヒルクライム応援よろしくお願いします」
「もちろんっ 全力で叫ぶよ」
…
この前のレースも無事に終わり、学年末のテスト前期間となる。部活もお休みだ。
「この間のレースすごい楽しかった!またあーいうレースみたいな」
「おめェあんだけ声出るんだな」
「まぁね、気合入るでしょ?」
「多少はな」
「ふん、可愛くないなぁ靖友君は」
今回のテスト期間自宅から通うらしい靖友。必然的に登下校を共にする。手はつなぐことはしないが、このいちゃいちゃしていない感じのこの距離感が掴めてきた私。
テスト期間も相まって、話す内容は一問一答のようなテストに関することが多い。靖友も嫌々付き合ってくれる。やはりマネをやり始めているせいか、最近ミサキに負けが続いている。いや、順位はそれなりに維持しているはずなのにな。ミサキが本気出しているのであろう。
…
学校に着き、自然に下駄箱で靖友と分かれる。私も靖友もさすがに教室まで一緒は恥ずかしいという、声には出さないが微妙なこだわりがある。
「おはよ新開」
教室につき、隣の席の新開に声をかける、こいつは朝から菓子パンを食べている。朝食はどうした朝食は。
「あぁ、おはよう。靖友と一緒にきたのか?」
「ぁー、まぁ」
「なんだ?煮え切らないな」
「いや、なんかやっぱ慣れないんだよね。学校付近になると特に気恥ずかしいっていうか」
「おめさん達らしいな。あ、ちなみに午後一の教科書一緒に見せてくれ」
「いいけど、また?」
「あぁ、勉強してみたら忘れたんだ」
以前全て学校においてある発言をした新開にしては、ままぁともになったと言えるのか?
「分かった、じゃ寝ちゃだめだよ?」
「努力する」
と言いながら、寝た新開をつついた午後一だった。
…
「みょうじ、靖友迎え来てるぞ」
鞄に教科書を入れている最中に吐息交じりに耳元でささやかれて、ぞくっとして思わず手で押さえる。
「…あのさ新開、もっと普通に声かけられないの?」
「油断しているおめさんが悪いんだ」
なんちゅー責任転換だ。本気で油断も隙もない。
教室の入り口にもたれかかっている靖友を視界に入れる。それに今行く的なジェスチャーで答える。
「じゃ、また明日ね新開」
「あぁ、俺も途中まで行くぞ」
薄い鞄を持つ新開と共に廊下に出る。
「…仲いーね」
「まぁな」
「あ、聞いてよ荒北、新開教科書見せてあげてるのに寝るんだよ?」
先ほどの事を靖友に告げ口をしながら昇降口へ歩き出す。
「まず忘れんなヨ、ボケなす」
「いやぁ、みょうじの隣は気持ちいいんだ。あと当たったら教えてくれるしな」
「おい、なまえチャァン!?こいつチョーシのってっけどォ?」
靖友が新開指差して騒いでいる。
「すいません教育がなっていなくて」
謝った私であった。
新開とも途中で分かれ2人きり。徐々に寒さも和らいでくる3月始め、しかし箱根ではまだまだである。
駅から電車に乗り、暖かい空気に包まれる。2人で乗ったは良いがやはりイスはまばらにしか空いていない。今日は電車内での勉強は諦めるか…。5人掛けのところに両サイドと真ん中という形に座られている。うん、その気持ちは分からなくはない。
座りたいけど、でも1人だけ座るのも気がひける。まぁしょうがない立っていましょう。そう思っていると靖友が腕…と言うか肘で私を促す。意味が分からなくて顔を見たら、いつもの顔で空いている席に座れとクイッと顔で指し示された。
そんな私達に気付いたのかスッと真ん中に座っていた仕事帰りっぽいお姉さんが少し腰を浮かせて端に寄ってくれた。…2人で座れという事か。靖友の顔をチラ見したら照れ臭さのためか今にも舌打ちしそうな感じだ。
私が端にズレてくれた女性に軽く会釈をしながら靖友と座った。
教科書を鞄からそっと取り出して、太ももの上で広げてほぼ無言で靖友と眺める。時々コソコソと勉強について一言二言会話をしながら電車に揺られる。
すると靖友が空いていた大きな細い手で私の左手を握った。
「?」
「…少しはマシになったかァ?」
「!…うん」
ヤワヤワと左手を弄られる。酷かった手荒れは靖友からもらったハンドクリームのおかげか1〜2週間の間に結構改善された。
そのままなんとなく私の左手を握ったまま電車内を過ごした。…学園から離れていくのに比例して甘くなる靖友だ、私も大概同じだけれど。
いつもの登下校が違う空間に見えてくる。…悪くない、そう靖友も想っていてくれたら良いのにな。
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