アイリスな記憶は夢のように儚く


目の前の君は、いつものように優しく微笑みを浮かべていた。





『高杉君っ』





可愛らしい声で、俺を呼ぶ。手を差し伸ばして、心地よい強さで握ってくれる。




彼女は、そういう女だ。だからどんな奴からも好かれる。


そんな彼女だから…俺ァ惹かれたんだ。






…ふと目を覚ました。どうやら結構長い時間眠っていたようで、今まで夢を見ていたことに気づく。




左手から温もりを感じたのでそちらに視線をやると、先程まで夢で見ていた恋焦がれる少女が眠りながらも握っていてくれているではないか。





「…おい…っ」






右手で彼女の体を揺らし、起こしにかかると寝ぼけながらも菜子は目を覚ました。




「…ふぁぁ……やだ、高杉君につられて眠っちゃった。様子見に来たのと、荷物持ってきたんだけど…」


「…は」





ふと彼女の指さす方向に視線を移せば、保健室のソファーに置かれた高杉の薄っぺらい鞄。

……あんなもの、岡田の野郎にでも任せとけば嬉しそうに持っていくというのに。





「そろそろ帰らないと…部活も終わる時間帯だし、学校も閉まっちゃうし」


「もう、そんな時間か?」


「うん。ほら、空もオレンジ色でしょ?」





確かに窓から見える空は、赤く染まり、暗くもなりつつある。





「それじゃ高杉君も起きたし…私も帰らないと!また明日ね、高杉君っ」





よいしょ、と立ち上がる菜子の手を…取らずにはいられなかった。






「…送る」


「え…」


「…俺のせいで、お前も遅くまで残しちまったし…いつも昼、世話になってっから」


「……っふふ、そっか…じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかなー…」






その笑顔を、夢の世界ではなく、他の野郎のためだけでもなく、現実の世界で自分だけのモノにしたいと思った。





アイリスな記憶は夢のように儚く
(消えるなと願うのならば)








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