仕事初日
「花村菜子と申します…不慣れですが精一杯頑張らせていただきますので、どうぞよろしくお願いします。」
まず始めに、隊士の人たちに挨拶と自己紹介をする菜子。…が、隊士の人達の様子がおかしい。…自分を見てくる視線が熱い気がする。また、皆の頬が赤く染まっている
。
「えー、菜子さんには俺たちの世話係をしてもらうことになった!皆、彼女が困っていることがあったら助けてやってくれ!」
「「「「うっす!!!」」」」
局長である近藤から話が告げられると隊士は元気に返事を返した。
「…それにしても、住み込みで働いてくれればもっといいんですけどねィ……」
「いえ、それはちょっと!」
総悟の発言をキッパリと断る菜子。それもそのはずだ。何せここはあの真選組の屯所。
(…いくらなんでも、こんなたくさんの男だらけのところに一人、女が住み着くだなんて行為は危険すぎる…!)
「それじゃ、早速仕事に取り組んでもらおうかね?」
「はい、それでは失礼します」
近藤に軽く会釈すると、菜子は自分の持ち場へと戻っていく。その背中を隊員は物寂しげに見つめている。
「なんか…すごく綺麗な人っスね、菜子さん」
「あぁ…綺麗だし、けど笑顔は可愛いし、色気もあるし……最強すぎる女だ…」
山崎が他の隊員と菜子について話をしていた。そこに目をつけたトシは山崎の背後に回る。
「…山崎、菜子に気やすく関わんじゃねぇぞ?」
「ふっ、副長!!」
山崎の背後からトシの低音ボイスが聞こえ、話は中断となってしまった。
「な、なんでっスか…?」
「……なんでもだ、いいな!?」
「は、はいぃ!!」
トシから逃れるために山崎は物凄い速さでその場を立ち去っていく。それを舌打ちしながらトシは煙草をくわえ直したのだった。
一方で、菜子はと言うと…真面目に仕事に励んでいた。時々隊士の人が菜子の手伝いをこまめにしてくれるため仕事も早く済む。
(彼らは彼らの仕事があるだろうに…みんな優しい人達だな)
そんなことを思いながら仕事を着々と進める。綺麗に洗濯した洗い物を外に干して乾かして……乾いたら綺麗に畳む。それらを隊員の人たちの部屋に運び終わると今度は食事の準備。一体何を作ろうか台所で考え込んでいると………
「ちゃんと仕事してやすかィ?」
「…あ、総悟!」
ひょいっと総悟が顔を出しに来た。…彼の片手に握られているわら人形が気になるが…。
「まだ慣れないけどそれなりに頑張ってるよ、総悟は?」
「俺ァ頑張って土方コノヤローに呪いかけてやしたぜィ」
「そんなこと頑張らなくていいから!!」
そのためのわら人形だったことを知り、思わず菜子は声を上げる。
「ところで、今日の夕食はなんでさァ?」
「ん〜それが今考え中なの。総悟は何食べたい?」
「そりゃ、もちろん菜子に決まって……」
「よーし、刺身にしよっかな〜!!」
強引に話を遮らせると、総悟はチッと舌打ちをする。
(……あー危ない危ない…!)
冗談とは言え、彼が言うと本気にしか聞こえない。菜子の額には汗が滲む。…もっとも、総悟の場合紛れもなく本気で言っているのだが…
「そ、それより総悟…仕事に戻らなくても大丈夫なの?」
「まっいつものことなんで大丈夫さァ」
「もーサボってばっかじゃ駄目だよ。…ふふっ真撰組は忙しそうだから休みたくなる気持ちもわからないではないけど」
「上司に土方みたいな人使い荒い奴がいるんで大変でさァ。」
(…この場にトシがいなくてよかった…いたらこの場が血だらけになっていたはず…!)
トシがこの場にいなかったことにホッと息を洩らす菜子。いたときのことを考えると胃が痛くなりそうなのでやめておこうと思考を止めた。
「真撰組って…普段はどんな仕事しているの?」
「まぁ〜お偉いさんを護衛したり、街の見回りしたり…後は攘夷志士等を捕まえたりって言うのが主な仕事ですかねィ……」
「…攘夷…志士……」
「そうそう、有名なので言えば桂小太郎とか高杉晋助…とかがそうですねィ」
「!」
……総悟の口から、晋助の名前が出ただけなのに胸が騒いだ。名前を聞いた途端、晋助の姿が菜子の脳裏を過った。
『俺は全てをブッ壊すだけだ…この腐った世界をな』
彼が、今、自分の耳元でそう囁いた気がした。
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