怪しげな視線
江戸に菜子がいると言う報告を聞いたとき、一瞬思考が停止した。
「…その話、嘘じゃあるめぇな…?万斉」
「本当の話でござる。拙者はこの目で見たでごさるよ」
゙相変わらず…綺麗な菜子殿の姿を゙…万斉の言葉に晋助のニヤリと笑みを浮かべる。
「…そうか、そいつは…いいタイミングに見付かったものだなァ…」
「…近々江戸で行なわれる祭りに顔を出すそうだな、晋助」
「ククク…将軍様が顔を出しに来るようだからなァ…この機会を逃すわけにはねぇだろ?」
「ふむ……確かに好機と言えるでござる」
「楽しいだろうなァ…祭りの最中に将軍の首が飛ぶようなことが起きたらよ…クク、久々に菜子の顔を見れるようだしなァ」
「菜子殿のことは拙者に任せるでござるよ。監視しておくでごさる」
「細けェところは万斉、てめぇに任せた」
煙管の灰を落とす晋助。彼の鋭い瞳には、自分のもとから立ち去った女の姿が浮かんでいる。ククク…と晋助の独特の笑い声が夜空に響いた。
「えぇーっ!菜子、旦那たちと祭り行く約束しちまったのかィ?」
「…え、あれ…?駄目だった……?」
総悟の驚きように情けなさそうに眉を下げる菜子。ちなみに今二人は大江戸スーパーで買い出し中である。
「俺ァ、菜子と回りたかったんでさァ」
「え、けど真撰組って将軍様の警護だって監察の山崎君から聞いたよ?」
「そんなもん途中でサボりまさァ」
「そんな堂々とサボり宣言するって…!」
総悟があまりにもキッパリとサボり宣言するものだから菜子はつい笑ってしまった。彼らしいと言えば彼らしいのだが…はたしてこんな調子で許されるのだろうか。
「まぁまぁ…警護の仕事頑張って。行けたら真撰組のところまで祭りの差し入れを届けに行くし…」
「マジでか。ならそのときに菜子を掻っ払って行きまさァ」
「え、マジでか」
総悟のノリに乗っかってみる菜子。彼が言うと冗談には聞こえないのだが、敢えて冗談だと受け取っておく。
「来年は絶対俺と祭り回ってくだせェ!約束、ですぜ?」
「ふふ…そうだねぇ…。…あ、今日お肉が安い!総悟はお肉で好き?」
「俺は毎日菜子が食べたいでさァ」
「…そ、そういうことをなんでそう、サラッと言っちゃうかな〜…!」
こういうことに免疫のない菜子の顔がほんのりと赤く染まっていくのを総悟はニヤニヤと楽しそうに笑いながら見ている…と、そのときだった。
「総悟ぉぉ!!てめぇ、見回りサボって何してんだ!!」
「おやおや、土方さんじゃありやせんかィ。どうしたんでさァ?こんなところまで…」
「オメーがサボるからだろうがぁぁ!!」
どこから聞き付けたらのか、トシが駆け付け、物凄い険悪な顔で総悟を睨み付けている。
「オメーはいつもいつも仕事を嘗めやがって……」
「おやおや、勘違いしないでくだせぇ。俺が嘗めているのは土方さんだけでさァ!!」
「…よっぽど斬り殺されたいかテメェ…!!」
「ちょ、二人とも!ここ、大江戸スーパーだから…みんな、見てるから!!」
ジロジロと見てくる野次馬に気付いたのか、トシは舌打ちをしながらも総悟から離れた。
(……せっかくトシと総悟がいるんだし、三人でスーパーで買い出ししよう!…トシのせいでやたらカゴの中にマヨネーズが入っているけど…)
「あ〜あ、土方の野郎またそんな気持ち悪いぐらいマヨネーズ大量購入しやがって」
「…聞こえてるぞ、総悟」
「ワザと聞こえるように言ってるんでさァ」
「テメェ総悟…!!」
「よいしょっと。屯所までちゃんと運ばないとね……」
購入した食品がたくさん入ったスーパーの袋を菜子は両手で持ち上げるが、それをひょいっとトシと総悟に奪われてしまった。
「何してんだよ」
「菜子は持つ必要ありやせんよ」
「へ、あっ…持つよ、二人とも!そのくらい。私、女中だしさ」
「女に荷物持たせられやせんぜ」
「俺達ァそんなひ弱じゃねぇよ」
二人から袋を奪おうにも、自分より体も力もある二人にかなうハズもない。しかし、それ以上にも、二人の気遣いが嬉しい。
「ふふっ…ありがとう、総悟…トシ」
二人の言葉に甘えて持ってもらうことにした。手ぶらで二人の間に入るように歩く菜子を…一つの視線が見つめていた。…もちろん、菜子もその視線に気付いた。
「…………あ、いけない。買い出しに忘れ物しちゃった!」
「おい、マジかよ?」
「ならまたスーパーに戻って……」
「ううん!私一人で平気だから、二人は先に戻ってて!」
「え、おい!」
トシと総悟の引き止める声は虚しく響くだけで菜子にまでは届かなかった。…否、ワザと聞かないフリをした。
しゃあねぇな……と先帰る二人の姿を確認した後、スーパーではなく先程から気になる視線の方へと足を運んだ。…買い忘れ、だなんて出まかせだった。
菜子が近づけば、視線は遠退く。……が、菜子は逃がしはしない。
「ようやく追い詰めたわ……さっきから何なの?私の後をつけて……万斉」
「…おやおや、拙者のしたことが……バレていたでござるか」
はは、と苦笑する万斎を……菜子は目を細ませ、ただただ見つめていたのだった。
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