封じた思い
「!?おい、一体どうしっ………菜子?何してんだ?」
トシの声に、ハッと我に返る菜子。ふと気が付けば先程まで自分が持っていた湯呑みが綺麗に割れ、破片が辺りに散らばっているではないか。その様子はトシだけではなく、会議に参加していた隊士全員が見ていた。
「…あ…ご、ごめんなさい!…トシ……副長に、お茶を渡そうと思ったんだけど…考え事してたから落としちゃったみたい…。会議の邪魔しちゃってごめんなさい……すぐに片付けるから…!」
「あ、おいっ…!」
慌てて割れた湯呑みの破片を集めようと手を伸ばす菜子。しかし、慌てるあまり、破片を変なところで持ってしまった。
「!痛っ…」
「バカ野郎……!」
菜子の人差し指から赤い血がつぅ…と伝っていく。
「おい、見せろ」
「え、あっ……!」
トシに強引に腕を取られ、血が出る人差し指をジッ…と見られる。…かと思いきやその人差し指に生暖かい感触が感じられた。
「なっ…トシ!?な、何を……っ」
「…ん?…っ決まってんだよ、消毒だ」
「しょ、消毒って……!」
顔色一つ変えずに、トシは菜子の出血している指を舐める。その状況に菜子は顔に熱が集中する。何せその二人の様子を隊士たちは物珍しそうにジッ…と視線を送ってくるし、トシの舌の感覚がリアルに感じる。…菜子はいっぱいいっぱいだった。
「おい土方コノヤロォォォ!!俺の菜子に気安く触れるんじゃねィ!!!」
総悟は不機嫌そうに目を細めながらトシにバズーカを構える。
(…俺のって、私誰のでもないんだけど…)
苦笑いを浮かべながら菜子は何とかこの場を切りだそうとした。
「あ、ありがとね二人とも…っ!心配、してくれて……それじゃ、また後でね…!」
バタバタとその場から立ち去っていく菜子。こんな状況ではあったが、彼女の頭の中を占めているのは、先程からただ一つ。
高杉晋助のことだった。
先程の、トシの話によると晋助はこの江戸に身を潜めているのだ。もう、長い間彼を見ていないけれど元気にしているのだろうか。幕府側に居場所を突き止められていないだろうか。彼に、会えるのか。…頭に浮かんでくることは晋助のことばかりで、菜子は胸が締め付けられたかのような痛い。
…駄目だ、晋助のことを考えると何もかもどうでもよくなってしまう。どれだけ自分は晋助に弱いのだ。我ながら情けなく思う。
「菜子〜」
「…あ、総悟…どうしたの?会議は?」
「もう終わりましたさァ。それよりさっきの平気ですかィ?」
「え、さっきのって……あ、ああ…怪我のこと?」
そんなの、当に忘れていた。怪我した人差し指を見ると未だに痛々しく血が流れている。
「あーあー…まだ手当てしていないんですかィ?俺がしてあげるから付いて来な」
「えっ……」
「早くしねェと傷痕が残りやすぜィ?」
「う、うん……」
総悟の言葉に返事し、軽く怪我した箇所を押さえながら彼の後に付いていく菜子。
「!?い、痛いよ…総悟!」
「仕方ないでさァ〜手当てしてるんですからねィ」
グッと怪我した箇所を掴まれ、痛がる菜子。そんな彼女の様子に総悟は楽しげに笑っている。
「菜子の痛がっている姿って、なんかそそられるものがありまさァ」
「…っ!?」
危なすぎる総悟の発言に、菜子は目を見開いた。
「ほい、出来たぜィ」
「…あ、ありがとう総悟」
意外にも指には綺麗に包帯が巻かれていて、手当ては済んだようだ。総悟は棚に救急箱を片付けている。
「…ごめんね、普通なら私が手当てを総悟にしてあげる側なのに」
「そんなこと気にしないでくだせェ。俺ァ好きでしただけのことでさァ」
「ふふ…ありがと」
総悟に微笑みかけると総悟は照れくさそうに顔を背けた。そんな彼にまた優しく笑った。
(……そうだ、私は今…この真撰組にお世話になっているんだ。隊士ではないとは言え、晋助は敵。……彼のことは忘れなければならない…)
彼を、思い出してはいけない。そう自分に言い聞かせる菜子。…思い出せば出すほど、この想いはゆっくりと溢れ出てしまうのだから。
「さてと、俺ァそろそろ行くぜィ」
「あ、次は稽古だっけ?いつも大変だね」
「菜子〜……悩みとかあったら聞きますからなんでも言ってくだせェ」
「……総悟…?」
「んじゃーな」
「…うん…頑張ってね…!」
背を向けながら手を振る総悟に、彼には見えないと思いながらも菜子は手を振り返したのだった。
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