過去の傷、獣の牙
背を向けて、この場を立ち去っていく晋助の背中を……私はただただ眺めることしかなかった。涙で滲んで、あまりよく見えなかったけれど、晋助が昔から変わっていないと……彼の背中を見てそう思った。

ヒュゥーと花火が空へときらきらと咲き誇る。色鮮やかなそれに祭りに来ている人々は見とれている。そして、銀時もまた、その一人だった。






「……ったく、遅ぇな……菜子」





すぐに戻ってくる、と言ってたはずなのに……菜子の姿は一向に見えない。先に花火を見に来たかと思い、動いたのだがやはり彼女の姿はない。
……どこまで行っちまったんだ?そう思っていた、そのときだった。





『やっぱり祭りは派手じゃねぇとなァ…』





こんなところで、聞くはずのない声に目を開いた。咄嗟に、銀時は木刀を抜こうとするが……抜けなかった。背後にいる人物に、背に刀を向けられているのに気付き……身動きが取れなかった。





『おっと、下手に動くんじゃねェぞ』





ククク…と、独特の笑い声を上げる背後の人物に……銀時は言葉を告げる。…かつての友であり、仲間であり、同志…高杉晋助に。






「……ってめぇ……なんでこんなところにいやがる……高杉……っ!!」


「おいおい銀時……てめぇ、弱くなったか?白夜叉と恐れられたオメーが背後を取られるなんてよォ……」







……不覚だった。このような祭りで数人暴れ、騒ぐ奴がいるのは茶飯事のことだが…まさかこんな危険人物までが来ているとは銀時は思いもよらなかった。





「……菜子が、江戸にいるって聞いてよォ…いても立ってもいられなくて、京から出向いた」





その言葉に、銀時はピクリと眉を動かした。





「…お前の菜子依存もすげぇもんだな。…で、肝心の菜子に、会ったのかよ?」


「……ああ、会ったぜ」





高杉の返事に、ぎゅう…と拳を強く握る銀時。





「…アイツは、昔っから変わんねぇなァ…銀時。真っ直ぐで、純粋で、健気で………アイツを、どんだけ俺の欲望で真っ黒に染めてやろうと思ってもなかなか染まりやしねェ」





それどころか、ますます綺麗さを増していく…昔のまま、純粋なままの菜子。
愛しくて、愛しくて堪らない。欲しくて、欲しくて堪らない。






「てめぇ、一体何を企んで……!」


「まぁ黙って見とけや。頗る面白いことが起きるからよォ……」





銀時は、嫌な予感がした。そしてその予感は見事的中した。





「きゃぁぁぁあ!!平賀さんの作ったカラクリ達がぁぁ!!」


「おい、逃げろぉぉ!!」




先程まで一緒にいた平賀が、カラクリを操って真撰組、町の人々に向かって攻撃をし出したのだった。人々は泣き叫びながらもその場を逃げていく。真撰組はもちろんカラクリに向かって刃を抜いた。逃げ行く人々が、銀時と晋助たちの横を通り過ぎていく。






「…覚えてるか、銀時……俺が鬼兵隊っていう軍隊を率いていたことを。」


「……………」





晋助がゆっくりとした口調で話し出し、それをただただ黙って聞く銀時。





「そこに三郎、って男がいてな……剣の腕はからっきし駄目だったが、手先が器用で機械には滅法強くてな……」



三郎は言っていた。"俺は戦しに来たんじゃない、親父と喧嘩しに来たんだ"と。いつもいつも親父の話をしていた。





「が、奴は親父の元に帰ることも出来ず……幕府に首取られて死んじまった」





あのときの、あのころの………憎しみ、恨みが色鮮やかに晋助の中に蘇ってくる。あのときの……血まみれで、ただただ涙を流していた菜子の姿も……





『……晋、助……っわた、し……たち、これからどうしたら……いいの…?何にも、何にも……なくなっちゃったよぉ………!』





俺にしがみついて、泣きつく菜子を……俺はただ、抱き締めてやることしか出来なかった。……なんて、言ってやればいいのかわからなかった。





『……泣くんじゃねぇ』





ただ、そう言って……小さく震える菜子を抱き締めてやる事しか出来なかった。





『ねぇ…どうしたら、いいの…?わた…し…これから…っどうすればいいの…?』





「惨めなもんだよなァ……俺等はお国のために戦ったって言うのによォ………」





簡単に、切り捨てられた。汚名も付けられた。





「自分の息子の無残な姿に……父親の心は一体何を思ったものだろうなァ…」


「……お前か、爺さんを嗾けたのは………」





平賀が、なぜあんな過激な行動を取った理由が……ようやく飲み込めた。





「嗾ける?馬鹿言うなよ……俺ァ牙が見えたもんだから磨いでやっただけの話よォ」





人間の闇の中に隠れ持つ……獣の牙を………




「俺ァ…分かるんだよ、あの爺さんの苦しみが。俺の中でも未だ黒い獣が住みついてやがるからなァ……」





そいつ等は……いつも俺を唆す。奴等を殺せ、殺せと四六時中暴れまわる。……菜子を傷つけた、泣かせた奴等を全て消せ、と。菜子や俺から先生を奪ったこの世界を消してしまえ、と。






「…銀時、お前は聞こえねぇのか……いや、聞こえるはずもねぇよなァ!過去に背を向けて、気楽にのうのうと生きているてめぇに、牙を無くしたてめぇに………この黒い獣たちの声が聞こえるはずがあるめぇよ。俺たちの気持ちが分かるわけがあるめぇ……菜子の傷の深さだなんて、分かるはずがあるめぇ』





その瞬間、晋助が銀時に向けていた剣の刃を銀時は自ら掴み取った。ボタボタ……と銀時の紅い血が刀に伝い、地面に流れ落ちた。






「高杉よぉ…見くびってもらっちゃあ困る。俺だって、獣くらい飼ってる……」





しかし、その獣のはお前とは違って白い獣さ……高杉。





「定晴ってんだァァ!!」





次の瞬間、銀時は素手で高杉の剣をパキン、と割ってしまった。










「っ、これは………」




菜子は眉尻を下げ、瞳を大きく広げながら今の祭りの状況に失望するしかなかった。人々は泣き叫びながら救いを求め、真撰組の皆は歯が立たないカラクリ相手に必死に剣を振るっていた。





「……晋助……」




直ぐ様、この状況にした人物の姿が脳裏に浮かんだ。そして彼の名をポツリ…と呟くと先程付けられたキスマークが焼け付くような熱さを感じた。




(銀ちゃんたちは、無事………?)



もうこの目で大切な仲間の死に様なんて見たくない。…ただ、その思いだけを胸に菜子は人々が逃げ去る方向とは正反対の方向に向かって駆けたのだった。



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