泣き上戸…!?
トントントン……屯所の台所で菜子は先程買ってきた食材を包丁で綺麗に切っていく。しかし、頭の中には今日の献立のことなど全然入っていなくて……トシに言われた一言しかなかった。
『泣きそうな顔してる』
そんなの、知らなかった。私、無意識のうちにそんな表情になっていたんだ。ただ、晋助のことを考えただけで。
「……ほんと、弱いなぁ…私……」
ぽつりと呟いた菜子は誰の耳にも届くことなく、消えていった。
「おぉ!今日の料理も美味しそうだなぁ〜菜子!」
「今日スーパーでお刺身が安かったのでついつい買っちゃいました。後は簡単な煮付けに五目ご飯です」
近藤の言葉に、献立の詳細を説明していく菜子。いつもどおり、美味しそうな料理が隊士たちの前に並ばれている。
「それにしても近藤さん、珍しいですね。今夜は私も一緒に食事をするとお誘い下さるなんて。嬉しいですけど」
「いや、実はだな……」
……と、近藤が説明しようとした途端、スパーンッと大きな音を立てて部屋の襖が開かれた。
『よぉ〜近藤、お邪魔するぜぇ……』
襖から姿を現したのは………
「とっつぁん!!もう来ちまったのかよ!?」
「…とっつぁん?近藤さんのお父さん?」
「菜子、ちげぇ……奴は松平のとっつぁんで、俺等の上司……まぁお偉いさんってわけさ」
わかりやすく説明してくれたトシになるほど、と理解した菜子。
(………理解は、したんだけど…さ)
「なんでぃ!?俺が早く来たら何か問題でもあるって言うのか?あぁん!?」
「ちょ、とっつぁん!!銃こっちに向けるの止めてェェェ!!!」
(…警察のお偉いさんの割には…かなり柄が悪い気がするんだけど……)
「…で、どこに新しく入った女中がいるって言うんだぁ!?」
「とっつぁん!!後ろ後ろ!!すぐそこにいんじゃんっちゃんと見てェェェ!!」
近藤は松平に銃を向けられ、怯えながらも菜子の方を指差し、示す。その指の方向へと、松平は目をやる。
「…っ、初めまして、松平様。新しく女中に入った菜子と申します。」
松平の視線の先には、少し緊張しつつも優しく微笑む菜子の姿。それに……松平は一瞬で心を奪われてしまった。
「気に入った!!」
「へっ………?」
「菜子ちゃ〜ん、いい?これからおじちゃんのことはパパって呼んでくれて構わないから」
ぎゅ、と手を握られたかと思うとワケがわからない言葉に菜子は戸惑いを隠せず、つい間抜けな声を出してしまう。
「菜子ちゃあん、パパにお酌してくれるか〜い?」
「えっあ、その……」
ちら、とトシに目をやると……"やれ"と言うように目で訴えられ、頷かれる。それに返事を返すように菜子も頷くと、松平の隣に座る。
(……なるほど、近藤さんが夕食を誘った理由がわかった。松平さんに、私を紹介しなきゃいけなかった…と言うわけか。)
とりあえず、ニコニコ笑いながら松平にお酌する菜子。そんな彼女に、松平自身気分が良さそうだ。
「いいお嬢さんを連れて来たなぁ〜近藤〜!!おじさん、君のこと気に入っちゃったよぉ〜あ、結婚相手やらはこのパ〜パに報告してからだ〜から!」
「「「「「けっ、結婚!?」」」」」
信じられない単語に思わず声を上げてしまう菜子と隊士たち。しかし言った張本人である松平はケロッとしている。
「当たりめぇ〜よ!この年頃の娘のことは、そういうことを考えなきゃ〜いけねぇんだぁよ!……くっ、そうやってもうすぐ栗子も……栗子ぉぉっ!!」
そしていきなり愛娘の名前を叫びながら泣きだす松平のとっつぁんに何をどうしたらいいのかわからない。
「と、とっつぁん!?……完全に酔っ払ってるな……トシ、隣の部屋にでも運んでくれないか?」
「…ああ、わかった」
「えっ、トシは休んでて。私がやるから。これも仕事の一つだし」
「こんなおっさん、菜子一人で運べるわけねぇだろ。だから俺が、」
「じゃあ手伝わせて」
よいしょ、と松平の片腕を首に回し、一緒に運ぼうとする菜子にトシは思わず苦笑してしまった。
結局あの後、松平を寝かせつけ、皆で食事を取った。隊士たちが美味しそうに食事する姿に菜子は心が温かくなったのだった。
「遅くまでお邪魔しちゃってみません。」
「ハッハッ!そんな堅苦しくならなくていいんだよ菜子!もう菜子も仲間なんだから!」
「っ!……ありがとう、近藤さん。…それじゃ私はこの辺で……」
屯所の出入口で、近藤と挨拶し、別れようとしたそのときだった。
「待ってくだせェ、夜道に女一人帰るなんて危ねぇさァ。俺、送ってきやすね、近藤さん」
総悟が声を掛けてきたのだった。
「え…悪い、よ?総悟、仕事で疲れてるだろうし……」
「じゃ〜これも仕事の一環ってことで。近藤さん、行って来るぜィ?」
「おー…よろしくな、総悟!!」
「ごめん、ありがとね総悟」
「お礼にキスしてくだ……」
「さーて、さっさと帰ろー」
「手厳しいでさァ」
(みんな、みんないい人。…ありがと、みんな)
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