脳裏に浮かぶ過去の自分

ただ、走った。ただ、がむしゃらに。
着いた先には、炎が燃え上がる家。脳裏には、幼き頃の辛い過去。





「っ、皆さん、危ないですからここから離れて!!」




野次馬になる人々に菜子は声を上げる。まだ火消し隊は来ていなくて、このままでは他の家にも火が乗り移ってしまうだろう。
しかも、この炎の中には未だ子供がいる。





「佐助ーっ!!」





ふと、一人の女性が今にも炎の中に突っ込んで行きそうなのが視界に入った。菜子はそれを、慌てて止めに入った。





「駄目です!死にますよ!?」


「だって私の子が…っ!まだ中にいるんですっ!!」





その女性は泣きじゃくりながらも必死に菜子に訴えてきた。我が子がこのままでは炎に焼かれて死んでしまう、と。…その言葉が、胸を痛めた。






「おい菜子!何一人で突っ走ってやがるっ……!」





と、そのとき。ようやくトシ達が追い付いて来た。それを確認すると、今目の前で泣きじゃくる母親をトシに預けた。





「?、おい、菜子?」


「その人、頼みました!」




トシにそれだけを告げると、私は近くにあったバケツの水を真上から体中にぶっかけた。





「なっ……馬鹿!何しようと……」




トシは菜子が何しようとしているのかなんてわかっていた。わかっている上で彼女に問い、腕を掴み、止めた。






「決まってるよ、中にいる佐助君を助けにいくんだよ」


「んなもんっ火消しが来てからで……」


「それじゃあ間に合わないっ…!……大丈夫だから」





バッ…と少し強引にトシの腕を振り払うと、菜子は炎の中へと突っ込んで行った。





「菜子ーっ!!」





トシの、私の名前を呼ぶ声は……すぐに聞こえなくなった。










「コホコホッ……佐助君!!どこーっ?…、返事をしてー!!」





炎の中、煙の中。上手く視界が見えないし、だけど早く見つけなければ自分もこの中で焼き付いて死んでしまう。………それだけは駄目だ。
だって、この命は……幾度も幾度も晋助が守ってくれたものなのだから。ちょっとやそっとで、この命の灯火を消すわけにはいかないのだから。






「っ、どこー!?佐助くーんっ!ゴホ……」




やばい、煙が肺に入って来た。あまり声が出なくなる……瞳も擽られて涙で潤んでくる。…と、そのときだった。





『…っ助けて…………!』





確かに聞こえた。少年の助けを呼ぶ声が。





「っ、佐助君!?」





その声のする方に目をやると……灰で頬やら黒く染め、苦しそうに倒れこむ少年の姿が確かにあった。






「もう、大丈夫だから……っ!」


「う、うぅ………」






小さな少年の体を軽く抱き締め、直ぐ様この場から逃げなければと辺りを見渡す。
……が、辺りは炎の海。逃げ道なんて、ない。






「(…来た道は閉ざされた…!)」


「おねぇ、ちゃん……っ」




腕の中で震える少年。不安を感じさせないように大丈夫、と彼に言い聞かせる。
そのときに、目に入ったのがとある窓。…もう、ここしかない。





「佐助君…っしっかりお姉ちゃんにしがみ付いてるんだよ……!」




走って、走って。佐助君を胸に閉じ込めて。一身で、窓へとぶつかっていった。
パリーン、と窓の割れた音が辺りに響く。そこから現れたのは少年を腕に抱き締めた、菜子の姿。






「佐助ぇっ…!!」


「お母ちゃあんっ……!!」






少年は直ぐ様実の母の元へと泣き付いていった。その様子を横目で眺め、よかったと呟く菜子##。






「っ、おい!!菜子、しっかりしろ!痛いところはねぇか!?」





トシは倒れこむ菜子の元へと近寄り、抱き寄せる。





「大、丈夫っ……ゴホ、コホコホ…っ!」




煙が、肺に入ったみたいで上手く話せない。つらい、苦しい。……けどね、トシの腕の中は程よい体温で、心地よかった。トシの腕の中で、安心しきってしまったのか……私は気を失ってしまった。
その後、ようやく火消しが到着し…直ぐに火は消された。火の乗り移りもなく、死者もいなくて…火事は、無事おさまったのだった。
一方で、菜子のした行為は勇気ある行動…と、真撰組の評判を高く上げ、新聞やニュースなどにも取り上げられたのだった。





『勇気ある女性ですよね、子供を助けようと火の中に飛び込むだなんて……』


『いや〜彼女が助けなければ子供の命は助からなかったでしょう。実に勇敢な行動と言えるでしょう…』


『真撰組の隊服を着用していたようですが彼女は一体…?』


『真撰組の女中さんだそうで……たまたま真撰組の体験をしていたと……』






「すげぇや、菜子のことでニュース、話し持ちきりでさァ」




感心したようにテレビを眺めながらお菓子を口に運ぶ総悟。





「ったく、無茶しやがって………」


「ホントですよ〜俺、ビックリしたんですから〜」


「い、痛い……しみるよっ…!」





山崎に怪我の手当てをされ、トシは呆れたようにため息をつく。怪我はと言うと、そんなひどくなく、軽いものばかり。多少の火傷と、脱出するときに窓ガラスで頬を少し切ったぐらいだ。






「このゴリラぁぁあ!!俺の可愛い菜子ちゃんに何させてんだぁ、あぁん!?」


「ま、待ってとっつぁん……は、話を聞いて……ギャーーっ!!」


「ま、松平さっ……落ち着いてくださいーっ!!」




そして、真撰組の屯所もいつもより騒ぎ立てている。このニュースを見た途端、松平のとっつぁんはぶっ飛んで来るし、近藤は悲鳴を上げているし……





「…もーこんな無茶すんじゃねぇぞ」


「トシ………?」





ふと、隣でトシが呟いた。





「心臓マジ飛び出すかと思った……」




ポン、と頭を優しく叩いてくるトシ。…よほど心配かけてしまったのだろう。いきなり突っ走るし、炎の中飛び込むし、脱出したかと思えば気を失って倒れるし………





「……ごめんなさい、トシ」





けど、後悔はしていない。だってあの家族が自分と同じ辛い思いを味わないで済んだのだから。しかし、この話があの人の耳に入っているだなんて……このときには考えてもいなかったのでした。




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