気付けば貴方が

「…は…?何、言ってるの?そんなこと出来る筈がないじゃないっ……!」





万斉の言葉を打ち消すように菜子は声を上げた。





「私が…!……鬼兵隊から離れたときの、決心はそんな並大抵のものじゃないのっ!」





想いを、押し殺して、押し殺して。たった一人の愛した彼の野望を叶えて欲しくて。




『………っさよなら、晋…助………』





皆の目を盗んで、鬼兵隊の船から降りて…泣かないように必死に歯を食い縛って、拳を握って。月輝く夜に一人身を潜めたのは自分のためでも、他の誰のためでもない。たった一人の愛した男のため。






「私は何が何でも帰るわけには行かな………っ」


「あの怒り様は異常であったでござる」


「は………?」





菜子の言葉を遮って話し出す万斎に、菜子はきょとんと目を丸め、情けない声を出すことしか出来なかった。






「一つは、菜子が無茶をしたことでござる」


「……無茶…?」


「最近のニュースでござるよ。お主が火の中に飛び込んで子供を助けたとか言うやつでござる。……おかげで綺麗な顔には傷が付いたようでござるな」





菜子の頬にガーゼに覆われているのに目をやる万斉。それに反論するようにと口を開いた。





「このぐらいの怪我なんて……かすり傷ぐらいじゃない…!」


「晋助に、その言葉が通じると思うでござるか?」


「……晋助には、関係ないじゃない………」


「その言葉も、通じぬでござる。そしてもう一つは………」





ずんずんと万斉に迫られる菜子は後ろ後ろへと足を戻すしかない……が、それも長いこと続かず、冷たい壁が背中に当たる。





「もう一つは……なぜ拙者等の敵である幕府の犬っころたちと馴染んでいることでござる……」





そう告げる万斉の声は低く、怒気が籠もったものでサングラスから覗く瞳を鋭く冷たい。そして真直ぐとこちらを睨んでいる。






「……拙者等って言われても……私はもう鬼兵隊の一員じゃ…!」


「"鬼兵隊の鬼の牙"」


「っ!」





万斉のその言葉に、ゴクリと喉が鳴る。…万斉の言い放ったその言葉は、昔の菜子の……攘夷戦争のときについた菜子の走り名であった。

風のように一瞬で、火のように真っ赤に染まり、鬼のように鋭い刀の刃で敵を斬り殺す。





「この名が付いたかぎり、お主は一生鬼兵隊の一員でござる。…強引にでも連れ帰させてもらうでござる」




一瞬で、万斎は菜子の腹に拳を強く当てた。





「っ、ぁ……!」




それがあまりにも痛く、深くに入ったので……菜子はその場に倒れこむしか出来なかった。万斉は彼女を支えるかのように抱き寄せると、彼女を抱え、この場から足を遠ざけた。
彼の向かう先は 一つだった。









「晋助、お主の子猫はホントやんちゃで手が焼いたでござるよ」





相変わらず煙管を吸う晋助の目の前で、未だ気を失ったままの菜子を差し出す。
それに、晋助は口元を上げた。





「ククク……そうだろうなァ。飼い主の躾がちゃんとなってねェからなァ………」





気を失っている菜子に目をやると、相変わらず綺麗なままの彼女。……が、気に食わないのは彼女の頬を覆う白いガーゼ。





「万斉、下がれ」


「…飼い主も飼い主で勝手な奴でごさるな」





高杉の言葉に苦笑しつつも、万斉は素直に部屋から立ち去っていく。今、この部屋にいるのは晋助と菜子の二人だけと言うことだ。
晋助はよほどガーゼが気に食わないのか、ガーゼに手を掛け、直ぐ様取り外した。その下には薄ら赤い血が出ている傷が残っていて……更に不機嫌になる。





「チッ……この馬鹿が………」


(だけど、こんな馬鹿が俺にはどうしようもなく愛おしく感じる)






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