痛いぐらいに伝わったから
ゆっくりと、目蓋を開けた。腹には鈍い痛みが残ってはいるが、辺りを見渡しながらも起き上がった。そこには、懐かしい光景が……広がっていた。
「ここ、はっ……!」
「…ようやくお目覚めかァ、菜子……」
この世で一番愛しくて、この世で一番会いたくない人。
「っ、晋…助……!」
そう、ここは鬼兵隊の船の中……晋助の部屋だった。
「テメーがここに戻って来るとは久しいなァ……?何年ぶりだろうなァ?」
……もう、そんなに時は進んでしまったのだろうか。気付かずうちに時間はあっという間に経過していたのだろうと改めて感じる。しかし、今は悠長にそんなことを考えている場合ではないのだ。
「っ、帰して!私を、歌舞伎町に……みんなのところに帰して!」
ここはもう、私の居場所じゃない。私がいていい場所ではない。私のいるべき場所ではないのだから。
「悪ィが、そいつは出来ねェなァ……っクク……」
ふと、晋助の鋭い独眼と目が合ってしまう。……それだけでわかった。晋助が、とてつもなく怒っているということに。
「少しの間、テメーに自由を与えすぎたみてェだなァ……菜子……」
さらさら、と晋助の手は菜子の髪に手を伸ばし、触る。
「…そのせいで、こんな見苦しい傷も付けやがるし……」
「あっ、……!」
ペロリと、晋助の舌が菜子の頬の傷を舐める。そのときにピリピリした痛さが菜子の体に電撃のように走る。
「…他の犬っころと、付き合い持ち始めたようだし……なァ……?」
「晋、助っ……!」
晋助の瞳からは、殺気が感じられた。
次の瞬間、菜子は晋助に体を押し倒され、上に乗られた。
「飼い主の言うことを聞かねェ悪ぃ子猫には……ちゃんと躾しねェとなァ……?」
晋助に何をされそうなのか、直ぐ様察知した。
「っやめて、晋助!」
バンバンッと力強く晋助の胸板を叩くがビクともしない。
「だ、めっ…!んぅっ!!」
抵抗の言葉を上げるが、それは晋助に口付けられて晋助の口内へと消えていく。
「…俺から離れて、俺以外の野郎と一緒にいて……楽しかったかァ……?」
「そんなんじゃっ……!晋助には、関係ないことじゃないっ………!」
晋助は菜子の言葉に一切耳を傾けず、彼女の着る着物を器用に脱がしていく。
「っ、こういうことをしたいだけなら……遊女にでも相手してもらって……!ん、ぐぅっ、…!!」
その続きは、言えなかった。晋助に首を絞められ、それどころではなかった。上手く呼吸も出来ず、菜子は必死に藻掻いた。
「テメーは、俺のことをなんもわかっちゃいねェ」
晋助の言葉が、部屋に響いた。
「俺は『女』を抱きてェんじゃねェ……『菜子』を抱きてェんだよ」
「しっん……」
そう告げたときの、晋助の瞳は何だか悲しげな雰囲気を漂わせていた。菜子の首から晋助の手が離れた。そこは赤く染まり痣となって残っている。…そう、それはまるで、首輪のように。
「……テメーは、他の野郎なんかにぜってぇ渡さねぇ………」
そう言って、私を抱き寄せる晋助に……ふいに涙が零れた。この温もり……私の大好きな温もり。晋助が、生きているって実感できる……大切な温もり。
「……こんな、醜い傷付けやがって………」
「い、ったぁ……!」
晋助が、菜子の体に付いた火傷に舌をやる。その度に火傷はズキズキと痛み、私はただただ声を上げた。
けど……抵抗はしなかった。否、出来なかった。
「しん……っす、け……!」
晋助が、私のことを心配してくれていることが、痛いくらいに伝わってきたから。
「ごめっ、ね…!ごめんなっ……さいっ……!」
行為の最中、私は何度も何度も、晋助に謝罪の言葉を告げた。
(勝手にいなくなってごめんね。心配ばかりかけてごめんね…ごめんね……晋助…)
「……土方さん、菜子はまだ帰って来てねェんですかィ?」
「総悟……あぁ、昼間に買い物に行ったきりだ」
真撰組屯所で、未だ帰らない菜子を心配し出す総悟とトシ。…それもそのはず。昼間は太陽が当たって心地いい天候だったのが打って変わって、夕方の今はぽつぽつと雨が降り始めている。
「傘なんか持って行ってねェだろうし、このままだとびしょ濡れになっちまうぜィ。
なんで午後から雨降るって知らなかったんですかィ、土方コノヤロー!……チッ、使えねェ……」
「テメーバリバリ聞こえてんだよ!!てゆーか、お前にはそんなこと言われたくねぇっ!!」
二人のやり合いが屯所中に響き渡る。その間も雨はどんどん強く降り続く。…が、どれだけ時間が経っても、辺りが暗くなっても…菜子の姿は、なかなか現われなかった。
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