一人になるのが怖かった
「っ…あ……」
気が付けば、辺りは日が沈み、真っ暗。外は雨が降っているのが伺える。…そして、隣には着物をはだけさせながらも瞳を閉じ、私を抱き枕のように強く抱き寄せている晋助。行為が終わり、疲れてしまったのだろう。ぐっすりと眠っている。
(逃げ出すチャンスは、今しかない)
菜子はなんとかして晋助の腕から逃れ、自分の着物を整え着直す。晋助の部屋を出ようと戸に手を伸ばすが………視線は未だ眠り続ける晋助に向けられている。ふと、横たわる晋助の髪に手を伸ばした。
「……っごめん、ね……」
いつも、いつも私を守ってくれたのに。助けてくれていたのに。
「……ごめんね…晋、助っ……」
彼の柔らかいの髪を撫で終わると、菜子は晋助が起きないようにと気を遣いながら部屋を退室した。彼の温もり、香り、想い、優しさ…全てを我が身に染み付けながら。
彼女の姿が、部屋からなくなった途端に晋助は体を起こした……いなくなった彼女の面影を求めながら。
私たちは幼なじみだった。家も近くで、寺子屋も同じ。いつもいつも、一緒にいた。
『晋ちゃんっ!一緒に行こ?ヅラたちは先に行ってるって!!』
『……俺、やだ。行きたくねェ』
『そ、そんなこと言わないでよぅ……っあたし、ひとりで行くのさびしいよぉ……っ』
小さな手のひらで晋助の服の袖を掴む菜子。彼女の瞳にはうるうると涙が浮かんでいた。
『……仕方ねぇなァ………ほら、行くぞ?』
『っ、うん!ありがと、晋ちゃんっ!』
晋助は……晋ちゃんはぶっきらぼうだけど、いつも私の願いを叶えてくれた。いつもいつも、傍にいてくれた。その優しさが…大好きだった。
『おかあ、さぁんっ……おとぅ、さんっ…………』
私が火事で親を亡くしたときも、
『……泣くなよ、菜子』
『ふぇっ、だ…ってぇ…!』
『…俺が、一緒にいてやるから……泣くな』
そう言って、震える私の手を優しく握ってくれた。
『晋ちゃーんっはやくはやくぅ〜!!』
ねえ、晋助。私、両親が亡くなった直後は寂しくて、悲しくて、苦しかったけど…それからは全然そんなこと思わなくって、逆にみんな一緒で、幸せだったんだ。
きっとそのことを、晋助にはわかっているよね。
『晋ちゃん、晋ちゃんっ!』
晋助が、いつも一緒にいてくれたからだよ。
『攘夷、戦争っ………?それに、晋ちゃんたち行っちゃうの……?』
『……"晋ちゃん"なんて、んなダセェ呼び方止めろって言ってんだろ?』
『っ話を逸らさないで!!』
このとき、私たちはもう年頃の少年少女。少しすれ違いや戸惑いやらも生まれたけれど、離れることはなかった。……けど、戦争。それが私たち四人を引き離そうとしたのだ。
『な、んで……どうして?どうして私も連れて行ってくれないの!!』
『だから言ってんだろ?ガキで女のお前に、何が出来るって言うんだァ!?』
『ちょ、高杉言い過ぎだ』
『ヅラァは黙ってろ!』
『ヅラじゃない、桂だ!!』
三人は、私を置いていこうとした。
『っ、いや……』
『は……?』
『っ嫌!私、一人だけ置いていかれるなんて嫌ァ!私もみんなと一緒に行く!!』
菜子は必死に懇願した。嫌だ、嫌だと泣き付いた。……けど、三人は首を縦には振ってくれなかった。
『…っどうして?私、剣の腕だってそこいらの男子には負けないし、三人にも後少しで勝てるようになるのにっ!』
『菜子、お前は女だから力じゃ俺達に敵うはずがないんだってば。な?いい子だからおとなしく先生とここに残れって!』
『っそんなの、関係ないよ!女だからって甘く………』
駄々こねる私を黙らせたのは、晋助の一声だった。
『うるせぇんだよ、ごちゃごちゃと……!』
『晋ちゃ、っ……』
『……俺のことを未だちゃん付けで呼んで、泣き虫な甘ちゃんが戦争に来ていいほど甘いもんじゃねェんだよ…っ!!何回言わせる気だァ……?てめえ………』
ギロリ、と冷たい晋助の瞳が菜子を捕らえた。
『テメーが女で、甘ちゃんでいるかぎり……俺等はテメーを連れていく気なんざ、さらさらねェんだよ』
その言葉が、グサリと菜子の心に刺さった。…だけど。
『……っじゃあ………私、男になる……!!』
短剣に手を掛け、自分の長い髪を触る。
『っ、!?』
『ちょ、菜子!待っ…タンマ!!』
『止めとくんだ、菜子!!』
三人はすぐに菜子が何をしようとしているのか察知し、彼女を止めようとした。…が、彼女は止めなかった。
『えいっ!!』
パサ……と菜子の髪が地面に散らばり、一塊を彼女の小さな手が握っている。腰辺りにまであった髪は、もう肩に掛かるか掛からないか程度にまで斬られた、否、自らの手で斬り落とした。
『菜子……っおま、』
『……これで、男になったもん……!だから絶対付いてく!
これからは菜子じゃなくて菜子之助って呼、べ!!』
『ネーミングセンスなさすぎっ!!』
『…わたっ……俺は、本気だ!』
戦争で殺され、亡くなるより……皆に置いていかれて一人になる方がずっと、ずっと怖かった。だから、自分の思いを突き通した。
『……勝手にしろ』
そんな私に、何を言っても無駄だと知ったのか晋助は素っ気なくそう告げると……不機嫌そうに眉を寄せ、その場から立ち去って行った。
「っはぁ、はぁ………」
雨が強く降り続く中、菜子は必死に走り続けた。鬼兵隊の船から足を踏み出し、背を向けてただひたすらに走った。
「っ、あ……はぁ…!」
胸に押し上がってくる感情が涙を誘うけど、必死に堪えて、ただただ走った。
『絶対……絶対に強くなってみせるんだから……覚悟してよ、っ"晋助"!!』
自分に背を向け、立ち去って行く彼の背中に私は叫んだ。強くなってみせる、と。しかし、このときの私には"本当の強さ"なんてわかっていなかった。わかっていなかったから、こんなことを軽々しく言えたんだよね。
(ねぇ、晋助。私、強くなった……?貴方に宣言したように、強くなれた?…強く、なってるわけないよね。だって私は、今も昔も変わらず貴方に守っている甘ちゃんのまんまだもんね)
「泣いちゃ…駄目…!」
泣くな、菜子。泣いちゃ、ダメ。私に、泣いていい資格なんてないのだから。
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