貴方のためにできること
銀ちゃんに抱き寄せられ、優しく髪に触れられた瞬間…思い浮かんだのはあの人でした。





『これから私は晋、助や…銀ちゃんやヅラにも負けないぐらい強くなるんだから…!』





攘夷戦争に出る少し前に、私は長年伸ばしてきた髪を一気に切り落とした。…何のために?晋助に、認めてもらうために。
長かった髪を短くし、女物の着物じゃなくて男物の着物を着るようにして…性別を変えることなんて出来ないけれど、見た目や中身はみんなに負けないぐらい男らしくなってやろうと決意した。
だけど皆で戦場に出発する前の日の晩に………晋助は言ったんだ。





『……菜子、』


『っ晋、助!!わた、俺はもう菜子太郎で……』


『んなこたァ、どうだっていいんだよ』


『…もー…で、なぁに?』





晋助に問い直すと、彼はスッと手を伸ばして…短くなった髪に触れた。





『な、なぁに……?』




なんだか、こそばゆく感じて思わず身を縮めてしまう菜子。…が、晋助はそれに構わず口を開いた





『テメー……本当に切っちまったんだなァ』


『え…………?』




そう告げる晋助の瞳は、なんだか寂しげな瞳をしていた。その瞳は今も、脳裏から消えず、鮮明に残っている。




『……お前、もう勝手に髪切ったりすんじゃねェぞ』


『え…』


『ったく、このバカが……!』


『なっ、だって晋助が……私を認めてくれなかったから……!』


『……うるせェ』





反論しようと口を開いたけれど、それはすぐに閉ざされた。いや、正確には晋助によって閉ざされてしまった。月の光が降り注ぐ中、二人は口付けを交わしたのだった。
馴れていない菜子には何が何だかわからなくて、晋助に好きなようにされるがまま。ただただ無我夢中に晋助の胸元にしがみつくことしか出来なかった。

それから幾つもの年月が経った。あのとき切った髪は以前のように長く綺麗に戻っている。この髪を見ると、あの頃のことが鮮明に思い出す。胸が熱くなる。





『綺麗な髪だなァ……菜子……』




そう言って、私の髪に指を通す貴方の姿が懐かしく、恋しく感じた。







「菜子様ァ、もうそろそろ戻って来て下さいっす!皆、貴方様のお帰りを待ち望んでいるっス!」





…昼。混み合うファミレスの中、女性二人が深刻そうな表情を浮かべながら会話が繰り返されている。





「…また子、何度言っても私の気持ちは変わらないわ。私は、鬼兵隊には戻らない」




…いや、戻れないと言うの方が合っているかもしれない。言い直さねばならない理由はないからわざわざ言い直したりはしないけれど。





「一度鬼兵隊を出た私は、もう裏切り者同然よ?第一私はもう剣を扱う気なんて、さらさら…」


「晋助様には菜子様が必要なんスよ!」


「…また子……」





必死に自分を説得しようとするまた子に、菜子は胸が痛んだ。





「晋助様が、この腐った世の中をブチ壊すためにも…貴方様は傍にいてあげなきゃいけないんスよっ!」


「……………」


「菜子様も晋助様にっ……!!」


「……また子、少し落ち着いて」





もしこの場に、鬼兵隊の来島また子がいるだなんて知られたら大騒ぎになること間違いない。






「…晋助に、この世を壊してほしいのは私も同じ…」





私達の大切な恩師、松陽先生を奪ったこの世なんかいらない。私達の仲間を見捨てた幕府なんか嫌い。





「だったら一緒に……!」


「だから一緒に行けないの」





また子の言葉を遮るかのように菜子は口を開いた。





「じゃあ私に、ただただ晋助が傷つく姿を指食わえて見ていろって言うの?」


「それ、は………」


「私はもう剣を握るわけにはいかない、先生と約束したから……だからと言って、大切な人が自分を守って傷つくところを黙って見ていられる可愛い女でもないの、私」





ごめんね、と謝罪の言葉をまた子に告げると、この場から立ち去っていく。……否、この場にいられなくなった。これ以上また子といたら、自分の心が折れてしまいそうで…怖かった。臆病で、小心者で強がってばっかで素直になれない。…それが、今の私。





「……菜子、様……」





また子が私の名前を呟いた声が耳に届いた。
その声がいつもみたいに明るく元気なものじゃなくて、弱々しくて情けない……彼女らしくなくて、菜子の涙腺を刺激した。









『……先生……!』





戦争が終戦した後、私は晋助と共に幕府の手から逃れるために命からがら逃げた。自分たちを憚る者はこの手で斬り倒して、ただただ必死に………そして、その行き足は自分たちが育った私塾の前。人影は残っておらず、薄暗い建物内。ここの所有者も、いない。殺された、亡くなった。




『っ先生…!』





涙が、地面を濡らした。それを拭って止めようとする気力なんかなくて…私は、私塾の前でしゃがみ込み、泣き付くことしか出来なかった。
……大切な人だった。私に、たくさんいろんなことを教えてくれた。私に、生きる希望を与えてくれた。それは感謝してもし切れないほどのもの。





『っ、いやあぁぁあ!!』





嫌だった。こんなの結末だなんて…だって、私、まだ恩返ししていない。先生に何もしていない。





『……っこんなのって、ない……!』





バンバン、と地面を拳で叩いてただ嘆く菜子。感情を上手くコントロール出来なかった。





『……泣くんじゃねぇ、菜子……』





ポン、と晋助が背後から頭を撫でてきた。




『泣くな』


『……うぅ、だってぇ……!』





声を詰まらせながら、今にも消えそうな声で晋助に答える菜子。弱々しく体を震わせて、頭を左右に振り続ける。





『…テメーは、泣くんじゃねェ……』





ぐい、と晋助に抱き寄せられ、菜子の目の前には晋助の胸元がある。





『……っ、しんすけ……!!』




辛い、苦しい、胸が痛い。どうしよう、どうすれば………





『…ったし、私……もう剣使わな、い…っ』


『……あぁ、』


『人の、命……奪いたくない……嫌だ……』


『…元々テメーには、血なんか似合わねェしなァ…』




ぎゅっと強く晋助に抱き締められ、彼の温もり、匂いが伝わって来た。




『……その代わり、テメーは俺ァ守ってやらァ』


『…晋す、』


『だから、もう泣くな……』


『し、すけ……晋助っ…!』





晋助も、私みたいに泣きたかったはずなのに晋助は泣かなかった。ただただ、泣きじゃくる私を優しく、逞しい腕で包んでくれた。
私は無我夢中に晋助にしがみついて泣いた。お互いを支え合うかのように、抱き締め合った。私達の幕府への憎しみの炎は激しく燃え上がったのだった。


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