あの人の影
周りは柄も人相の悪い、浪人が私達を囲っている。普通の女子なら、この光景に恐怖を感じるものだろう。怯え、涙を流したり、許しを願ったりするのだろう。

だけど、ごめんね。私はそこらの呑気に平和に過ごしてきた女子とは違う。剣を手にして、自分が敵の血で真っ赤に染まってしまうまで……敵を斬ってきた、争って生きてきた女子だから。






「その赤ん坊は江戸一の企業、橋田屋の大事なご子息、勘七郎様だ。そんな大事な方を誘拐するだなんてテメー等覚悟は出来てんだろうなァ?」





瞳孔開いた瞳で睨み付けてくる浪人たち。…だけど、そんなもの効かない。





「…勘七郎君は貴方達みたいな怖い顔した人と一緒に行きたくないってさ」


「そーそー…オヤジならもっとにっこり笑ってやんねぇとガキは泣くぜ?」





ワザと敵を煽るようなことを言葉にしていく菜子と銀時。





「男は殺しても構わん!女子供は引き捕らえろ!!」




それに見事ハマった相手は剣を鞘から抜き、襲い掛かって来た。





「…女だからって、甘く見ないで!」




赤ん坊、勘七郎を抱き抱えながら敵の攻撃を器用に避ける菜子。相手の隙を見ては足を引っ掻けてやったり、砂を掴み投げてやったりしていた。銀時は愛用の木刀で敵を斬り飛ばしていく。二人の素早い動きに、敵は手も足も出しなかった。






『おやおや〜…随分変わった戦い方をする輩がいるもんだ……』





……が、一人だけ。敵の中で一人だけ攻撃してこない奴がいた。笠を深く被っていて、顔はよく見えない。そいつはなんだか異様な気配を漂わせていた。





『守る戦いに馴れてるみたいだねぇ……アンタ』


「なんだ、テメー……」


『フフフ……隠してるつもりかもしれねぇが、隠し切れてないみたいだねぇ……アンタからは獣の匂いがする……まるで、あの人みたいだ……』


「……っ、!」




ふと、菜子はこの声が聞き覚えあるものだと気が付く。…そしてこちらの場が悪いことも察した。奴は、間違いない。





『今日のところは見逃してやろうかねぇ…女子供がいるんじゃあ、まともに戦えないだろうしね……』


「…お前…?」




銀時も、奴から伝わってくる異様な気配に気付いた。否、奴が目が見えていないことに気付いたのだった。





『あの人の、女子に傷一つ付けるわけにもいかないしねぇ…』


「……あの人って、テメー一体誰を……」


『早く行きな』





奴は早くこの場から立ち去るよう急かした。それもそのはず。このままでは新たな仲間がやってきて、逃げる隙がまたなくなってしまう。




「…ミルクの時間みてぇだから飲ましてやらねぇとなぁ…」




銀時は、奴の言葉を素直受け取りこの場を立ち去ろうとする。菜子も彼に続くように立ち去ろうとしたそのときだった。





『久しぶりだなぁ……菜子サマ』





振り返り際に、奴はそう呟いた。ワザとらしく、様付けして……が、菜子は敢えて冷静だった。





「……アンタが何考えてるのか知らないけど……銀ちゃん達に手出しするようだったら、私が許さないから……岡田似蔵」





横目で奴を睨み付けると、直ぐ様銀時の方へと駆け寄っていった。
岡田似蔵…鬼兵隊の一人、盲目の人斬りで有名。菜子が鬼兵隊から抜ける前に入ってきた。あまり面識はないけれど、よく覚えている。あの独特の気配が印象的だった。

その後も似蔵が逃がしてくれたものの、他の仲間が追い掛けてきて、菜子と銀時は街中を逃げ回っていた……と、そんなときだった。





「お困りのようだな、銀時、菜子……」


「「ヅラ!!」」


「ヅラじゃない、桂だ!」


「ちょ、匿え!ヅラ!!」


「はぁ、仕方ない……このミカンの缶詰の中にでも………」


「入れるかっ!!」





ヅラのボケに銀時は勢いよく突っ込んでしまった。そして結局は物影に隠れて身を潜めるしかなかった。





「ったく、今日は一体なんだって言うんだよ……」





銀ちゃんはくしゃくしゃ、と頭を掻きながらゆっくりとした足取りで街中を歩く。
その後を追うように、私とヅラは歩いている。





「しかし、この生気のない目つきといい天パといい…銀時そのものではないか」


「バカ言え!最近の子供はゲームやらパソコンやらの影響でみんなそんな目をしてんだよ!!」


「それ最近の子達に失礼だからっ!!」




銀ちゃんとヅラはいつもこんな感じなんだから困ったものである。





「それよりも…この子、勘七郎ちゃんって言うんだね……」




先程の浪志たちが言っていた。何でもあの江戸に高くそびえ立つビルの、橋田屋のご子息様だっただなんて。





「おい貴様、子供は笑ったり泣いたりすることが仕事だろう!?一回笑ってみろ、ワハハハ!!」


「どんなあやし方だよ!!」


「ちょ、ヅラ黙って!」


「ヅラじゃない、桂だ!」




しかし、今はそんなことどうだっていいこと。桂の話は敢えてスルーし、話を進めていく菜子。





「…銀ちゃん、この子………」


「さーてと、いっちょやるかな……こういう一仕事終えた後に飲む酒は最高にうめぇんだよな…」





銀時は菜子が抱える勘七郎を自分の背中に背負うと、紐で括りつけて離れないように固定する。





「…ちょっくら行って来るわ」


「だっ!」




銀ちゃんと同じように片手を揚げる勘七郎ちゃん。…行き先なんて聞かなくてもわかる。





「っ、待ってよ!私も付いていく!」




先歩く銀時に追い付こうと菜子は駆ける。桂は遠くなっていく彼らの背中をただただ見守っていたのだった。



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