懐かしの思い出の品
「あれ……これは………」
ふと部屋を掃除していたら、あるものを見つけた。それはもう大変古く、私がまだ幼少時代のときに得たものだった。皆が歩き出すきっかけとなったもの
「私塾の、本………」
これを片手に、私達はいろんなものを学んだ。これからの日本について考え、自分達なりの答えを出した。そして、自分の目指すものを手に入れるために剣を手にし、歩きだした。
「もう、こんなにボロボロになっちゃったんだ……」
…それもそうか。今から十数年前に手に入れたもので、これを何度も読み上げ、勉強していたのだから。
「みんなは、どうしたかな?」
まだこの本を持っているだろうか?私達の始まりの証を。
『松陽先生っ!これからの日本はどうなってしまうの?』
『おやおや、菜子は本当に勉強熱心ですね。感心します』
『だって勉強が面白いんだもん!先生の話にすごく興味が湧くの!ねっ晋ちゃんもそうだよね?』
『うるせェ……つか晋ちゃんって呼ぶのいい加減止めろって言ってんだろ?』
『だって晋ちゃんは晋ちゃんじゃない!あ、それより先生!もっと話を聞かせて!』
『はいはい…』
暖かく、優しい空間の中に私は確かに存在した。皆一緒、ただそれだけで幸せだった。先生に共感し、晋助に認めてもらいたくて……私は剣を取り、戦争に出た。全く怖くなかった…そう言えば嘘になる。怖くないはずがなかった。特に、初めて天人を斬ったときには………吐き気と恐怖心が消えなかった。
『…うっ、ゴホゴホ………』
奴らを斬ったときに感じた剣先から伝わる肉の斬れる感触。…なかなか消えなかった。
奴らを斬ったときに浴びた真っ赤な血と鉄の匂いが……さらに吐き気を煽った。気持ち悪い、と思い気分が参るのは当然のことと言えば当然のことだった。
……が、菜子は弱音を皆の前で吐こうとは思わなかった。…もし弱音を口にしてしまえば、そこで終わりな気がした。晋助には認めてもらえなくて、最悪帰されるかもしれない。
そんなのは嫌だった。死んでも皆と一緒にいてやるつもりだった。……だから、弱音を吐くわけにはいかなかった。皆から距離を置き、気分が良くなるまで一人でいようとしたそのときだった。
『…菜子、テメー…どこ行く気だァ?』
一番気付かれたくなかった人に気付かれてしまった。
『晋、助………!』
そのときは未だ彼を呼び捨てするのに慣れていなくて、つい戸惑ったような口調になってしまう。
『…なんでもないよ!…ちょっと、風に当たりたくて……』
『その割には元気ねェみてェだなァ。さっきから一人黙り込んでやがるしよ…』
『っ、そんなことないよっ!元気だよ!』
体を軽く動かし、明るく振る舞う菜子。晋助にバレないようなと懸命に……だけど、彼に誤魔化せるハズがなかった。
『テメー…怖いんだろ?』
『え、………』
『人を斬るのが』
『っ、そんなんじゃ…!』
『俺に嘘つくなんざ、大した度胸だなァ…』
『うそ、なんか……』
『無理に強がんじゃねェよ』
そう淡々と言う晋助の態度に菜子は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。……晋助が、私を小馬鹿にするからこうしてなきゃいけないんじゃない…私だって好きで強がってるわけじゃない。怖いものは怖い、そう言えたらどれだけ気が楽になるのか。
『…ほっといてよ、!』
『フッ……図星か』
……いつも、いつもいつも。晋助は一人余裕そうな笑みを浮かべて私を見るんだ。
それが私は……悔しくて、歯痒くて。
また、負けないようにと意地を張ってしまう。…その繰り返し、悪循環。
『だっ、て……晋助、はいつも私のこと馬鹿にするじゃない…!女の私に何が出来る、ひ弱なテメーに何が出来るって……!』
『ハッ…俺のせいで馬鹿みたいに意地を張るって言うのか?』
『……っ、悪かったわね…』
ぎゅ、と爪が食い込んでしまうほど拳を強く握り締める菜子。……悔しい、どれだけ頑張っても私は晋助にはかなわない気がする。
『テメーはテメーらしくしてろや』
『っ、え』
晋助の一言に、目が点になる菜子。…が、彼は話を進める。
『…怖いだろーがなんだろーがテメーはテメーでいりゃいーんだよ。無我夢中に、目の前にいる敵をぶった斬れ、修羅になれ』
『修、羅……?』
『そうなる頃にはテメーの、んな下らねェ悩みを消えてるだろうよ』
晋助はそれだけを告げると、この場を後にして行った。私は晋助の言葉の意味がよくわからなくて、けど彼の言うとおり目の前の敵をただただひたすらに斬った。気付いたときには周りには自分が斬った死人の山。真っ赤な血、鉄の匂い。私は、完全に修羅と化していた。"鬼兵隊の鬼の牙"…そんな走り名が付けられていた。
晋助の役に立ちたくて、ただがむしゃらに剣を握ってた。
「…若かったんだよね、私……」
懐かしそうに、手にある教本を撫でる菜子。これを手にしただけで皆と過ごした楽しい日々が蘇ってきた気がする。
「これも、大切にとっておかないとね…」
教本をまた、棚へと戻す菜子。銀時たちもまだ、とっといてあるのだろうか、なんて考えながら。……このときには、まだ気付いていなかった。この本を手にしたときに、歯車が暴走し始めていたことを。
…夜、辺りが静まり返り、皆が眠りについている……そんなとき。
「……ちょいと失礼、桂小太郎殿とお見受けする」
「……人違いだ」
町の橋の上で、笠を深く被る男の姿が二人……浮かび上がっていた。
「心配いらんよ、俺は幕府の犬でもなんでもない」
「フ……犬は犬でも血に飢えた狂犬と言ったところか」
桂は話掛けてきた男に対し、素っ気無く言葉を返していく。……が、男はそんなことを気にならないようである。
「…近頃、巷で辻斬りが横行しているとは聞いてはいたが、噛みつく相手は選んだ方がいい」
「…ハッ、生憎俺も相棒もアンタのような強者の血を欲していてね……ひとつ、やり合ってはくれんかね?」
カチャ、と軽く刀を鞘から抜く男。その刀は夜空に浮かぶ月に照らされて光っていた。
「!…貴様その刀、」
その刀を横目で見ていた桂は、この刀が普通の刀ではないことに気付く……が、時はすでに遅し。フッ、と男が桂の隣りを横切った瞬間…真っ赤な血が辺りに飛び散った。
「…あらら、こんなものかい……」
男はつまらなそうに笑いながら、この場を立ち去って行った。
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