満月を見上げている男
「あの人もさぞやがっかりしているだろうよ。かつて共に戦った盟友が揃いも揃ってこの様だ」
銀時に話しかけるかのように話を進めていく似蔵。彼の話はまだ続く。
「アンタたちのような弱い侍のためにこの国は腐敗した。アンタではなく俺があの人の隣にいれば、この国はこんな有様にはならなかった」
「黙りなさい、似蔵!!」
菜子は思わず声を上げた。……あの戦いに出ていないものにはわかるハズがない
あの頃の晋助の隣にいないアンタに、何がわかるって言うの。
「おやおや、菜子サマは俺じゃなく白夜叉たちの味方につくって言うのかィ?…それが、どういう意味になるのかアンタにもわかるだろ?」
「それ、は……!」
晋助に逆らうことと同意する。晋助を裏切ることになる。
(……違う、今はそんなことどうだっていい!)
「…かつての仲間の味方について、何が悪いって言うの!!」
そもそも私は、こんなこと望んでいたわけじゃない。皆が敵同士になることを…剣を交えることを望んでいたんじゃない!
「私は、みんなずっと一緒に……―――」
みんな仲良く、一緒にいれたら………それが出来るのなら何も望まなかった。
「士道だ節義だ、くだらんものは侍には必要ない。…侍に必要なのは剣のみさね」
菜子から顔を逸らし、似蔵はまた銀時の方を向き、言葉を続けた。
「剣の折れたアンタ達はもう侍じゃないよ、惰弱な侍はこの国から消えるが……!?」
ふと、似蔵の持つ紅桜に似蔵以外の者の力が入った。
「剣が折れたって?ハッ、剣ならまだあるぜ……とっておきのがもう一本」
銀時だった。彼が紅桜を離すまいと掴んだのだった。おかげで似蔵は彼から剣を抜くことが出来ない。
もう一本の剣……似蔵が首傾げたそのときだった。
「うわあああああ!!」
上からまだ若い侍が剣を振り上げ、飛び降りてきた。
「っ、新八君!!」
菜子がその若侍の名前を呼んだ。
「あああああああっ!!」
新八の剣が、似蔵の右腕を斬り離した。似蔵の右腕は宙に浮き、川の中へと落ちた。斬られた似蔵の右肩からは真っ赤な血が吹き出た。
「アララ…腕が取れちまったよ。ひどいことするね、僕」
「っ、それ以上来てみろォォ!次は左手をもらう!!」
新八は必死だった。銀時を庇うかのように前に立ち、冷や汗を頬に伝いながら似蔵を睨んだ。
「…っ銀ちゃん!」
その間に菜子は銀時のもとへと駆け付ける。彼はグッタリとしていて、体のあちこちに傷が出来、血が流れている。
「銀ちゃっ……!しっかりして……!」
菜子は瞳を涙で潤ませながらも彼を抱き寄せた。……彼の、こんな姿を見たくはなかった。
「おい!そこで何をやっている!?」
そのとき。奉行所の人たちが笛を鳴らし、提灯で明かりを灯しながらこちらに駆け付けて来るではないか。
「チッ…うるさいのが来ちまった」
その様子を見て、似蔵は舌打ちを打つ。
「勝負はお預けだな、まァまた機会があったらやり合おうや」
それだけ告げると、似蔵はこの場から姿を消そうと逃げ去っていく。
「待ちなさい似蔵……!待てェェっ!!」
菜子が声を張り上げて叫んでも、似蔵は振り返ることなく立ち去っていった。
「銀さん!しっかりしてください、銀さん!!」
新八が銀時のもとへと駆け寄って来る。その様子に銀時は薄らに瞳を開けた。
「へ…へへ……っ新八ぃ、オメーは、やれば出来る子だと思って、たよ……」
「銀さっ……!」
「っ、菜子……ごめ、な……?」
「えっ………?」
小さく、謝罪の言葉を述べてくる銀時に…菜子は首を傾げた。
「オメーに、んな情けねェ面……させたくなかったのによ……」
涙が流れる菜子の頬に、銀時は力なく伸ばし、優しく撫でる。
「ぎんちゃ…っ」
「ごめん、な……菜子…」
(謝らないでよ、銀ちゃん。なんで……なんで銀ちゃんが謝るの……)
「っ、銀ちゃああんっ!!」
銀時の頬に、菜子の涙が伝った。
その頃、別行動をとっていた神楽と定晴は未だ桂の居どころを探っていた。
「すっかり暗くなってしまったアル。定晴〜もう帰らないと銀チャンたちが心配、するわけないか」
定晴に桂の匂いを嗅がせ、その匂いを辿って歩く神楽。気が付けば二人は海……港の方へと来ていた。
「ヅラならきっと大丈夫アル!アイツがちょっとやそっとで死ぬわけないアル!今日は一旦帰って、明日また捜………」
神楽は眠気が誘われるかのように大きなあくびをしながら定晴に話しかける。…が、定晴は少しも帰ろうとしなかった。ただ一つの船を一点にして見つめている。
「定晴、ここからヅラの匂いがするアルか?」
「ワン!」
「…なんだろ、あの船?」
港には似合わない、大きくて立派な船が海の上に浮かんでいた。その船を眺めていると、船のある反対方向から人影が浮かんできた。
『おいどーだ?見つかったか?』
『ダメだ、こりゃまた例の病気が出たなァ岡田さん…どこぞの浪人にやられてからしばらくは大人しかったってのに……』
近づいてくる人物たちはこの辺りにうろつく浪人のようで船の方へと向かっていく。神楽と定晴は物陰に隠れて、彼らの話に耳を傾けた。
『やっぱ危ねーよあの人。こないだも、あの桂を斬ったとか触れ回ってたがあの人ならやりかねんよ』
『どーすんだお前等、ちゃんと見張っとかねーから【アレ】の存在が明るみに出たら………』
話の内容にはわからない点もあったが、桂の名前が奴らから出た。…どうやら桂が何らかに関わっているようだ。
「…定晴、お前はこれを銀チャンたちに届けるアル」
一枚の紙とペンを取出し、ここの居場所を印す地図をスラスラと書き、定晴に食わえさせる。
「可愛いメス犬がいても寄り道しちゃダメだヨ!上に乗っかっちゃダメヨ〜!」
定晴は神楽から地図を預かると、神楽に背を向け、万屋の方へと駆けて行った。
「よし、行くか!」
自分の愛用している武器、傘を肩に掛け、神楽はあの怪しい船へと足を向けたのだった。
船の甲板には女物の派手な着流しを羽織り、煙管を吸う男が一人立っていた。
男はただ夜空に浮かぶ丸い満月を見上げている。
(アイツ、なんか知ってるかもしれないアル)
神楽はそっと、気付かれないように男の背後に回る。
「オイ」
ガシャン、と傘の銃口を男の頭の方へと向ける神楽。
「お前この船の船員アルか?ちょいと中案内してもらおーか。頭ブチ抜かれたくなかったらな!」
船の中を探るため、この男に案内させようと脅しを掛ける神楽。…が、男は一切動じない。変わらずスパスパと煙管を吸い続ける。男のその態度に神楽は眉間に皺を寄せる。
「オイ、聞いてんのか!」
先より口調を荒く脅してみると、男はようやく神楽の方へと振り向いた。
「…っ、!!」
鋭く、冷たい独眼が……神楽を捉えた。その瞬間、神楽の背筋に冷たいものが走った。男から伝わってくる殺気に、狂気に………神楽は圧倒され、ごくりと息を呑んだ。
その男こそ、高杉晋助…本人である。
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