遠いあの日を思う
男は再び満月へと目をやる。
「今日はまた随分とデケー月が出てるなァ……」
ゆっくりと穏やかな口調で話し始める男、高杉晋助。しかしそんなもので彼が身に纏う恐ろしい狂気は隠し切れない。
「かぐや姫でも降りてきそうな夜だと思ったが、とんだじゃじゃ馬姫が降りてきたもんだ」
「……っ」
神楽の額に、冷や汗が伝う。
一方、晋助はと言うと神楽のことなんか気にもしていなくて……満月を見上げて思うのは自分の愛しい女のこと。
『…晋助、見て!…』
『ん、あぁ…こりゃまたデケー月だなァ…』
『綺麗な満月だね、晋助……』
以前は、俺の隣で嬉しそうに満月を見上げていた菜子。
『今日は月見だな、酒持って来い菜子』
『もう、またお酒?なら万斎たちも呼んで……』
『二人でいい』
他の連中を呼びに行こうとする彼女の腕を掴む晋助。菜子は彼の行動にきょとん、とした表情を浮かべてくいる。
『俺ァ、菜子がいりゃー十分だと言ってんだ……他の奴は一切呼ぶな』
『っ、わかったわ、晋助……』
俺の、んな一言で頬を赤く染め、照れくさそうに笑う……あの女がいるんなら他のもんなんかいらねェんだよ。菜子、テメーがいりゃ…と、そのとき。
神楽は背後から敵意を感じた。そして背後を振り向いた途端に銃撃が彼女を襲い掛かる。
「ふぉっ!!」
それに反応し、素早く避ける神楽。船の建物の屋根から一人の人影があった。
「うおおお!!」
ゆらり、と人影は揺れ、神楽のもとへと飛び掛かった。ジャキン……二人の武器が二人を捉えたのはほぼ同時だった。
「貴様ァァ何者だァァ!?晋助様を襲撃するとは絶対許さないっス!!」
ミニスカにへそ見せ、髪を軽く一つ結んでいる女。
「銃を下ろせ!この来島また子の早撃ちに勝てると思ってんスかァ!?」
来島また子……鬼兵隊隊員の一人。赤い弾丸と恐れられる女拳銃使い。…狙った獲物は逃がさない。
「また子〜また見えているヨ。染み付きパンツが丸見えネ」
が、神楽はそんなこと知らないし興味がない。自分に攻撃してくる奴に攻撃し返すだけ。ふざけた口調でまた子の気を逸らそうとする。
「甘いな、注意を逸らすつもりか!そんなん絶対ないもん!毎日取り換えてるもん!!」
「いやいや付いてるよ〜きったねぇなーまた子のまたは染みだらけ〜♪」
「貴様ァァ!これ以上晋助様の前で侮辱することは許さないっス!」
神楽の言葉にだんだん本気になって否定し始めるまた子。完全逃がさない彼女の気は逸れていく。
「晋助様ァァ!違うんス、ホント!毎日取り換えてますから!確認してください、コレ……」
また子の視線が、神楽から晋助へと逸れた瞬間に……神楽はまた子の横腹を蹴り飛ばした。
「くそガキィィ!武市先輩ィ、そっちっス!!」
逃げ惑う神楽に、一つのスポットライトが当てられる。
「っ、う……」
それに目を細めながらも、スポットライトの先にいる人物を目を凝らして見つめる。
「皆さん、殺してはいけませんよ。女子供殺めたとあっては侍の名がすたります、生かして捕らえるのですよ」
一人の男の言葉と同時に、神楽の周りを囲み出した男浪人たち。人数的には圧倒的に不利である。
「武市先輩ィ!ロリコンも大概にするっス!ここまで侵入をされておりながら!!」
そんな武市と合わないのか……菜子は思い出し、苦笑していた。
「ロリコンじゃない、フェミニストです。敵と言えども女性には優しく接するのがフェミ道と言うもの」
武市変平太……鬼兵隊の謀略家。また子曰くロリコンの趣味あり。が、武市の考えとは余所に…神楽は襲い掛かって来る浪人たちを倒していく。
「なんだァこの小娘!?」
「やたら強いぞォォ!!」
浪人たちの士気が下がっていく一方で、神楽は声を張り上げて叫んだ。
「ヅラぁぁ!!どこアルかァァ!?ここにいるんでしょォォ!?いたら返事するアル!!」
しかし、返事は返って来ない。代わりに、ドン…と銃声を鳴らし、神楽の肩と足にまた子の銃弾が鳴り響いた。
「ぐっ!?」
いきなりの衝撃に神楽はその場に倒れこむ。撃たれたところからは血が溢れ出て、地面を濡らす。
「今だァァ!押さえつけろ!!」
神楽の様子に隙を見た浪人たちが一斉に彼女を押さえつけようと駆け込んでいく。
「ぐぎゃああああ!」
しかし、彼女はそんな簡単にやられたりはしなかった。怪我したところを庇いながらも、やって来る敵を蹴り飛ばしていく。
「ふんごををを!!ヅラぁぁ!待ってろォォ、今行くぞォォ!!」
「な、なんてガキだ…っ!」
浪人達は神楽の様子を信じられないとでも言うかのように声を上げる。
「………………」
晋助はその様子をただ無言で眺めていた。その間に神楽はヨタヨタ、と頼りない足取りで船の中…工場の方へと入っていく。
「…っ!なんだ、ココ……」
船の中の、信じられない光景に神楽は瞳を丸め、絶句する。
「そいつを見ちゃあ、もう生かして帰せないな……」
神楽の背後に立つまた子が銃口を神楽の後頭部に向け、口を開いた。ドン…と銃声が船内に響いのだった。
朝が来た。昨夜のことが夢だったかのように思いたかったが、現実だった。銀ちゃんはあの後、新八君とお妙さん、そして私の三人で手当てをした。…酷い怪我だった。酷すぎた。見ていられなかった、胸が痛んだ。
「……絶対に、許さない……」
菜子は一度自宅に戻ると、着物を着替えた。
いつも着る、色鮮やかな可愛らしい女着物ではなくて……昔、攘夷戦争時代に着用していた男物の着物に腕を通した。彼女の瞳は、怒りの感情に染まっていた。
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