昔の古傷、新たな傷
こんなにも、怒りで体が震え上がるほど……人を憎いと思ったのはいつのころだっただろうか。…攘夷戦争の時以来だ。
天人と幕府が手を組んだ。幕府は天人に恐れを為して怖気付いた。お国の為にと戦ってきた私たちは…簡単に切り捨てられ、天人、そして幕府からも追われる身となったのだった。





『っ、どうして……なんで私たちがこんな目に遭うの?私たちは懸命に天人を追い払おうと戦ってきたのに……!』





晋助のすぐ後ろを走る菜子が嘆いた。






『…簡単なこった。アイツ等は俺たちを切り捨てて怖気付いちまったってことだ。…チッ、胸クソ悪ィ』






不機嫌そうに舌打ちをし、先歩く晋助の腕にしがみつくかのように菜子は手を伸ばした。





『晋助…!っ』





不安げに彼の名前を呟く菜子。そんな彼女のことを、晋助は一番わかっていた。
彼女が今、恐がって怯えていることぐらい……痛いくらいに。





『…んな情けねェ面すんじゃねェよ』





白い彼女の頬を優しく撫でる晋助。その手とは反対の手で彼女の小さな手を握る。





『オメーは俺が死んでも守ってやらァ。だから、んな顔すんじゃねェ……』





彼女を安心させようと、不器用な彼なりの言葉。少なからず菜子の顔に優しい笑顔が戻ってきたしかし、そんな一時も長くは続かない。




『…!………菜子、』


『わかってる…晋助…』






二人は互いの背中をくっつけるかのようにして辺りを見渡し、同時に刀を抜く。…いつのまにか、敵が近づいていたみたいで、どこから湧き出てきたか知らないが、たくさんの敵達が二人の周りを囲む。






『…菜子、無茶はすんじゃねェ、深追いすんなよ』


『晋助も、気を付けてね……!』




その言葉を交わしたのをきっかけに、二人は一斉に目の前にいる大量の敵へと斬りかかっていった。数は圧倒的に敵が優勢であった。…が、二人は負けじと力で押していた。
真っ赤な敵の返り血を、二人は浴びてゆく。敵の数を減らしていくのと比例しながら、二人の体力も奪われていった。






『…っはぁ、はぁ…!』




呼吸を整える菜子。激しく動き、息が嫌でも上がる。鼓動が激しくなる。…けど、気を抜いたら殺られる…ただ、修羅となり剣を振るうしかなかった。この戦場から逃げ、生き延びるために……負けられなかった。…だけど、気持ちだけで戦いに勝てるほど甘いものではなかった。






『死ねェ、攘夷浪士め!』


『…っあ!』





背後を敵に取られてしまった菜子。敵は勢いよく斬り込んで来る。


(…っやばい、斬られる…!!)


ギュ、と強く瞼を閉じ、今から降り掛かる痛みに耐えようとする菜子。…だが、痛みが降りかかってくることはなかった。






『…馬鹿野郎がっ…』






聞き慣れている罵声と共にドン、と体を強く押される菜子。何事かと思い、瞳を開けたときには…





『晋助ぇぇっ!!』





天人に左目を斬られ、自分の血で染まる晋助の姿が目の前にあった。





『晋助…晋、助ぇっ……!』





菜子は疲れ果てた重い体を起こし、斬られて倒れこむ晋助のもとへと駆け寄る。





『…くっ、………』





斬られた晋助の左目からは止まることなく血が流れ続ける。
痛々しい傷、血……痛みに苦しみ、漏れる声、今目の前に広がる…彼の姿。……見ていられなかった。





『…し、すけっ……』


『チッ、しぶとい奴等だ。おい、こっちの奴もさっさと片付けて………』





ぷちん、菜子の中で、何かが切れた合図だった。






『…っない…!』


『あぁん?何言って……』





ギロッと鋭い眼光で晋助を斬った天人を睨み、ギュウウ…と力強く刀を握る菜子。




『アンタたち……絶対に許さない…!!』





ブサ…と目の前にいた天人は菜子の手によって斬られた。そして、それに構わず次々と敵を斬り倒していく菜子。怒り、憎しみ、殺気……それらが彼女の中で騒ぎ立てていた。






『くっ…なんだコイツ!!おい、逃げるぞ!!』





菜子から伝わってくる殺気に怯え、逃げゆく天人たち。その場に残ったのは菜子と晋助だけだ。天人たちが一人残らず逃げ去ると、菜子は刀から手を離し、晋助の隣にしゃがみ込んだ。





『……しんすけ…っごめん、ごめんなさ…っ!!』





菜子は未だ止まることなく血を流す晋助の左目を、懐から出した手拭いで押さえ、止血をする。そして、声にならない声で謝罪の言葉を繰り返している。ポロポロと涙を流し続けるくしゃくしゃの顔で。





『…っ泣くんじゃねェよ』





そんな彼女を見ていられなくなった晋助は、左目を押さえながらも片腕で抱き寄せた。菜子の鼻を啜る音が晋助の耳に響く。





『んな傷、大したことはあるめェ……』





片目だけ、視界は真っ暗。ズキズキと痛みは増すばかりだし、熱ある赤黒い血が流れていくのが自分でもよくわかる。…だが、そんな傷くらい大したことではない。





『目なんか、一つありゃ十分だろうが……』





…例え片方の目が駄目になったとしてももう片方の目がある。俺ァ、んなもん一つありゃいい。それに、その片目で、俺はちゃんと見えてる。俺が何を成すべきなのか、何をしなければならないのか。





『…オメーが無事ならそれでいい』


『し、すけェ……!ごめ、っごめなさい…!ごめんなさいっ!!』




謝ったところで、晋助の左目が元に戻るわけじゃない。晋助を困らせるだけにしかすぎない。…そんなことはわかってる、わかってた。ただ、このときの私には…ただ謝罪の言葉を口にすることしか出来なかった。








「……あのときの思いを、味わいたくなかったのに……」




胸が張り裂けそうな…心臓が掴まれたような…水に溺れて、呼吸が出来ないような……目の前で、銀ちゃんがボロボロになっていく姿を見て……私は、あのときの、晋助の左目が失ったときの感情や思いが一気に蘇った。






「……晋助、」



(…なんで、銀ちゃんにあんなことをしたの?昔からの仲なのに…どうしてあんな酷いことを……)





鏡の中に映る昔の格好をした自分に、長い髪を一つに括りながら問い掛けてみるが……もちろん答えは返ってくるはずもない。…なら直接本人に聞きに行くまでだ。菜子は鏡から離れ、家を出た。…向かう先は万事屋。銀時の容態を見に行くためだった。







「…新八君、銀ちゃんの様子はどう?」





銀時の傍に寄り添う新八のその姉、お妙に話し掛ける菜子。





「あ、菜子さ……っ!どうしたんですか!?その格好……まるで、」





戦いに行くような……その言葉を口にするところだったが、横にいたお妙に止められる新八。





「…菜子ちゃん、銀さんなら大丈夫よ?殺してもそう簡単に死なないのは菜子ちゃんもわかるでしょ?」





ふふ、と笑いながら言葉を告げるお妙だが、その言葉を決して可愛らしいものではない。が、菜子は敢えてツッコまなかった。…そんな気にはなれなかった。彼女の中で、今支配しているのはたった一つのことだけだった。






「…そうですか……それなら、そのまま銀ちゃんのことはお願いします」





ペコリ、と軽く頭を二人に下げると、菜子は背を向けてこの場から立ち去って行こうとする。そんな彼女を、新八は慌てて呼びとめた。






「っ、待ってください!菜子さん!!」


「銀ちゃんのこと、頼んだからね……!」


「あ、ちょっ……!!」





だが、菜子は一度も振り返らず…銀時のことを託す言葉をを告げると音立てて万事屋から飛び出すように出ていってしまった。






「……悲しそうだったわね、彼女」


「え……?」




お妙の言葉の意味がわからなくて、首傾げる新八。彼女はさらに言葉を続けた。




「…菜子ちゃんのことよ。……彼女の目、とても悲しそうな瞳をしていたわ………」


「姉上…っ」


「……よほど、銀さんのことがショックだったみたいね。私達以上に」





意味深なお妙の言葉に、新八は戸惑いを隠せなかった。きっと銀時と菜子は自分達とは比べものにならないくらい長い付き合いで、互いのことを信頼し合っていて…心許せる仲なのだろう。そんな大切な存在が傷つけられたりしたら…いくら温厚な彼女でも怒り、悲しむだろう。そう思うと、今回の出来事があまりに悲惨で、新八は悔しげに拳を握るしかなかった。

町中をぶらつく菜子。その中から伝わってくる自分への視線を感じた。その視線の方へ敢えて歩み寄る。






「…万斉、晋助のもとへ連れて行って」


「…おやおや、晋助の仔猫は今機嫌が悪そうでござるな」


「からかわないで、私は本気よ」





菜子の表情、格好等から彼女が本気であることを読み取る万斉は、黙って鬼兵隊の船へと足を向けた。彼の後を、菜子も無言で付いて行ったのだった。



(ねぇ、晋助…答えて。なんで…こんなことしたの……?)




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