春雨登場
「っ、銀ちゃ……」
身体中から真っ赤な血を流し続け、痛々しい様子の銀時を不安げに呼び続ける菜子。声は震え、涙は止まらない。泣いても意味がないことぐらいわかっているのに、止まってくれなかった。
そんな彼女の涙に、銀時は手を伸ばした。
「…銀さん、…菜子の泣きじゃくってるところなんか、見たくないんですけどー…」
いつもと変わらない、ふざけた口調で話す銀時に…菜子は慌てて涙を拭い出す。
「っ、ごめ…」
「謝んじゃねーよ、…菜子は何も、悪いことなんかしてねェでしょーが」
「銀ちゃ……」
次の瞬間、ギュッと銀時に抱き寄せられた。
「…菜子は、俺が守ってやらァ!だから、お前はおとなしく守られていやがれっ…!」
「っ、ぎんちゃん……!」
惚れた女を守んのは、野郎の仕事でしょーが…銀時は再び強く、剣を握り直し、立ち上がった。
「兄者っ!しっかりして兄者!!」
同じ時、同じ場所でまた兄妹の絆が改めて深いものとなっていた。
鉄也は、自らが打った刀【紅桜】に斬られそうになった鉄子の盾となった。おかげで鉄也は体に深い傷を負い、大量の血を流し、倒れている。そんな彼を、鉄子は必死で呼んだ。
「っ兄者!」
「…剣以外の、余計なものは…捨てて来たつもりだった……人としてよりも刀工として、剣を作ることだけに…生きる、つもりだった……」
「あに、じゃ……」
鉄也の言葉に、鉄子の視界は涙で歪んでいく。その彼女の涙を兄の愛情から、血塗れた手で拭おうと手を伸ばす。
「だが…最後の、最後で……お前だけは…捨てられなんだか……!」
何よりも大切な、たった一人の妹
「……こんな生半可な覚悟で、究極の剣など…打てるわけもなかった……」
何もかも捨てて、剣だけを見ていかなければ究極の剣など作れるはずもないものを……と自分を哀れだと鼻で笑う鉄也。
「"余計なモン"なんかじゃねーよ」
そんな鉄也の言葉を、銀時が否定した。
「余計なモンなんてあるかよ……全てを捧げて剣を作るためだけに生きる?それが職人だァ?大層なこと吐かしてんじゃないよ、ただ面倒くせーだけじゃねぇか…テメーは…」
「銀、ちゃん…」
…家族、恋人、友達、仲間……それらが皆、"余計なモン"だと…?ふざけんのも大概にしやがれってんだ。
「いろんなモン背負って、頭抱えて生きる度胸もねぇ奴が…職人だなんだ格好つけんじゃねェ…」
全てを捨てて、たった一つのことだけを極めるだなんてこと……人に出来るわけがねーんだよ。
「…見とけ、テメーの言う"余計なモン"がどれだけの力を持ってるか……テメーの妹が魂込めて打ち込んだ刀の斬れ味。しかとその目ん玉に焼き付けな…!」
向かってくる似蔵に、鉄子が打った真剣の先を向ける銀時。……銀時は正面から【紅桜】と戦うつもりだ。
「銀チャーン!!」
「……無理だ!正面からやり合って【紅桜】に……!」
皆が銀時の無茶に不安の声を上げ、制止しようとした。……そう、たった一人以外。
「銀ちゃんなら……大丈夫」
菜子の呟いた一言が、小さく響いた。
(銀ちゃんなら大丈夫。だって、"守るべきもの"をちゃんと持っているもの。目に見えているもの。背負って生きているもの…)
二人の勝負は、一瞬だった。
銀時の刀の先が宙に浮き、床へと刺さった。それと同時に、似蔵の体は銀時によって斬られ、その場に倒れた。
「銀ちゃんっ……!」
銀時の、勝利だった。…が、彼も限界が近く、直ぐ様片膝を床に付けた。
そんな彼の元へと菜子は駆け寄った。
「うぁー…さすがの銀さんもボロボロで辛ェなァ〜…あーパフェ食いたい」
「ん…、うんっ……私、何杯でも奢ってあげるよ……っ」
「おーマジでか。ならその言葉に、甘えちゃおーかなァ…っ」
「……っ銀ちゃん、」
「ん、どしたァ〜菜子ちゃあん?」
「……あり、がとっ……!」
ギュッと銀時の胸に抱きつく菜子の口から出たのは感謝の言葉。彼女の震える体を銀時は優しく抱き返した。
「どーいたしましてっ、菜子」
菜子の後頭部に手をやり、彼女の長い髪に指を通す銀時。
(…銀ちゃん、貴方は変わらないでくれてありがとう。ずっとそのままでいてくれてありがとう。……守ってくれて、ありがとう)
場面は変わって、船の甲板。晋助と桂の二人の姿がある。
「…高杉、俺はお前が嫌いだ。昔も今もな」
桂の言葉が、小さく響き渡る。
「だが仲間だと思っている。昔も今もだ」
皆、ずっと仲間だと思ってきた。銀時も、高杉も、菜子も…俺たち四人。だから、
「いつから違った…俺たちの道は……」
こんなバラバラな関係になってしまったのは、物寂しかった。…が、そんな桂の感情を表す言葉を……晋助は鼻で笑った。
「フッ……何を言ってやがる。確かに俺たちは始まりこそ同じ場所だったかもしれねェ」
二人の脳裏に、幼き頃の日々の様子が流れた。
真面目に授業を受け、教本を目に通す小太郎。頬付きながら松陽先生の背中ばかり見つめる晋助。刀を抱いて、よだれ垂らして居眠りする銀時。手を挙げ、好奇心旺盛に質問をしていく菜子。
皆始まりの場所は同じだった。
「だが、あの頃から俺たちは同じ場所など見ちゃいめー。どいつもこいつも好き勝手。てんでバラバラの方角を見て生きていたじゃねーか」
皆進む場所は違った。
「……俺はあの頃と何も変わっちゃいねー…俺の見ているモンは、あの頃と何も変わっちゃいねー。俺は……」
松陽先生を目指して、先生の背中を追い掛けて。惚れた女は守る………その生き方は昔も今も変わっていない。そして、これから先もずっと……変えるつもりなど一切ない。
二人が話しているちょうど同じ時だった。甲板じゃない、違うところでとある旗を掲げた巨艦が近づいてきた。
「ば、バカな…何故奴等がこんなところに……!?」
「【春雨】…!宇宙海賊【春雨】だァァ!!」
その巨艦を目にした桂率いる攘夷浪士たちは、悲鳴を上げたのだった。
1/76
prev next△