報われぬそれぞれの思い
「ヅラぁ、俺はな…テメー等が国のためだァ仲間のためだァ剣を取った時も、そんなもんどうでもよかった」
桂に淡々と述べていく晋助の目の先には、いつも懐かしきあの頃があった。
「考えてもみろ、その握った剣。コイツの使い方を俺達に教えてくれたのは誰だ?俺達に武士の道、生きる術…それらを教えてくれたのは誰だ?」
…それはたった一人の、あの人。
「俺達に生きる世界を与えてくれたのは紛れもねェ…松陽先生だ」
彼は、大切な、かけがえのない人だった。素晴らしいものを持っていた持ち主だった。
彼から勉学やらを教わった者は皆、彼に憧れた。……それは、この四人も同じだった。
『晋ちゃんっわたしね、せんせぇみたいに偉くなるね!それで、みんなの役に立つの!いいでしょ?晋ちゃん…!』
幼き頃、愛した女が俺に告げた夢。
『せんせぇみたいな、素晴らしい人になりたいね』
そう告げる、アイツの顔はこれ以上に見たことがないくらい…キラキラ輝いていた。みんな、キラキラし立つの輝く表情を浮かべていた。みんながそうだった。先生は、皆に希望の未来を与えてくれた。
なのに、なのに……
「なのにこの世界は……俺達からあの人を奪った」
…この世界は……愛した女の、笑顔も奪った。皆から希望を取り上げた。
「だったら俺達はこの世界に喧嘩を売るしかあるめェ、あの人を奪ったこの世界を……アイツを、菜子を苦しめるこの世界をブッ潰すしかあるめーよ」
先生が殺されたとき、その事実を知ったとき……菜子は今までにないくらい、泣きじゃくった。
『…や、…いや……っ』
『うそ、よ……嘘よぉ!!』
『…こんなの、嫌だよ……っだって、わた、し……』
『まだ、恩返し…してないよぉ……っ』
あのときの菜子の泣き顔は、今だに頭に焼き付いて……消えやしない。
「なァ、ヅラ…お前はこの世界で何を思って生きる?俺達から、先生を奪ったこの世界を…どうして享受し、のうのうと生きていける?」
俺には、無理だ。
「俺はそいつが、腹立たしくてならねェ……」
獣が囁くんだ……"もっと殺れ"、"恨みを晴らせ"…と。そして、俺はこの世界を…ブッ潰す。獣が誘惑するままに。そんな晋助の言葉を否定するかの如く、桂はゆっくりと口を開いた。
「高杉…俺とて何度この世界を更地に変えてやろうかと思ったかしれぬ。だがアイツ等も…それに耐えているのに、」
桂の脳裏に浮かぶのは、幼き日々を共に過ごした。
「銀時が、菜子が……一番この世界を憎んでいるはずのアイツ等が耐えているのに俺達に何が出来る?…菜子も、消えぬ傷を負った。が、それでもこの世界の中で懸命に生きようとしている。俺は、そう信じる」
恨みはあるかも知れない。この世界によって付けられた傷は、一生消えないものなのかもしれない。だが、それでも生きねばならん。この世界で。
「俺にはもう、この国は壊せん……壊すには、江戸には大事なものが出来すぎた……」
そうぽつりと呟く桂の脳裏には、この江戸の町で知り合えたたくさん仲間たちの姿が浮かんでいた。
「今のお前は、抜いた刄を鞘に収める機を失い、ただいたずらに破壊を楽しむ獣にしか見えん……この国が気に食わぬなら壊せばいい。だがえに住まう人々ごと破壊しかねん貴様のやり方は黙って見てられぬ」
…止めねばならない、暴走しようとするかつての仲間を。
「他に方法があるハズだ、犠牲を出さずともこの国を変える方法が松陽先生もきっと、それを望んで……!」
自分の胸の中にある思いを全て伝えようとした桂だったが……
『キヒヒィ、桂だァ』
妙な声に、遮られてしまった。
『本当に桂だァ〜』
『…引っ込んでいろ、アレは俺の獲物だ…』
「っ、天人!?」
…そう、その声の主は天人達だった。武器を構えた柄の悪そうな天人達が、見下ろすかのようにこちらを笑いながら眺めている。…なぜこのような場に、天人の姿があるのか…その謎について、晋助が嬉しそうに口元を緩めた。
「ヅラぁ、聞いたぜ。お前さん、以前銀時と一緒にあの【春雨】相手にやらかしたらしいじゃねーか」
「…っ高杉、何故それを…!」
「俺ァねェ、連中と手を結んで、後ろ盾を得られねーか苦心してたんだが…クク、おかげで上手く事が運びそうだ…お前達の首を手土産になァ…」
ジリジリ…と桂に迫りくる天人達。晋助の口から告げられた信じられない事実に、桂は怒りが込み上げてきた。
「高杉ィィ!貴様、【春雨】何ぞと手を組んで……菜子を傷つける気か!!」
晋助が一番わかっているはずだ。菜子がこの手の柄の悪い天人が嫌いなことを……彼女の両親が天人によって殺されたことも。しかし、晋助の態度は冷静そのもの。変わりない。
「言ったはずだ…俺ァただ壊すだけだ…この腐った世界を」
【春雨】何ぞ、ただの捨て駒にしか過ぎねェ。…菜子を傷つける奴ァ…誰であろうと許さねェ、容赦しねェ。……アイツぁ、俺の女だ。俺以外の野郎が泣かしていい資格なんかあるめェ。…俺だけなんだよ、菜子を泣かしていいのは。
船から煙が上がっている。迫ってくる天人達を斬り付けていく浪士達だか、人数的にも圧倒的に不利な状況だ。その様子を、【春雨】の船の上から万斎は連中の代表と共に眺めていた。
「…万斉殿、我らは桂と件の侍の首がもらえると聞いて……」
「……………」
「…万斉殿?」
「……………」
天人が万斉に話しかける…が、万斎はそれに反応すら示さない。
「ちょっと聞いてんの万斉殿!?」
「…ん?あぁ、聞いてるでござる。コレね、今江戸でイチオシの寺門……」
「そっちじゃなくてこっちの話!何コイツ!?なんでこんな奴を交渉によこしたわけ!?」
…そう、万斉は天人の話ではなく、人気アイドル寺門お通の曲をヘッドホンで聞いていたのであった。そんな気まますぎる彼に、【春雨】の交渉人は軽くキレ気味である。
「心配入り申さぬ。大方、桂が連れてきた雑魚でござろう…すぐに片がつきますよ」
シャカシャカ…とヘッドホンから音を洩らしながら、万斉は呟いたのであった。
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