「さよなら」…そして「ごめんなさい」
…正直、いい思いはしねェなァ。惚れた女を疑い、探りをいれるなんてよォ。…が、仕方ねェ。それも俺の大切なもんを守るため、貫くためだ。







「山崎は万事屋を探れ、俺は菜子の方をやる」


「えっ…けど副長は……」


「山崎ィ…返事はどうした?」


「……はい、わかりました……」





言葉と態度で山崎を圧倒させ、言葉をなくさせた。…それ以上、余計なことを言わせないように、と。
店を出て、お互い違う方向へと歩き出す。山崎は万事屋の方に、俺は……菜子のアパートに。…本人が滞在していなくても構わない。何か証拠や手掛かりになるもんが見つかりゃ充分だ。……が、そう思っていればいるほど……出会っちまうのが運命ってやつなんだろうなァ。


一方、菜子はと言うと自分の住んでいたアパートへと戻って来ていた。もうここには戻って来ないため、荷物の整理をしていた。





「…一人だったから、荷物が少ないのが楽ね」





失笑混じりに、片付けを進めていく菜子。彼女の言うとおり、荷物の量はほとんどないためすぐに終わった。懐から白い封筒を取り出すと、部屋の床に起き、さっさと立ち去ろうとした…が、出来なかった。
戸は、乱暴に開かれた。






「…っ、トシ…」


「……菜子」






出来ることなら、会いたくはなかった。こんな姿を見せる前に、立ち去りたかった。






「…ほォ、花村菜子…いや"鬼兵隊の鬼の牙"にまた会えるとは…思わなかったなァ……」


「…その名を知っていると言うことは、私のこと知られてるみたいね……」





やっぱり、幕府側に話が回っていたか……ふと冷や汗が背筋を流れた。






「……このまま逃がして、と頼んでも駄目なんだろうね」


「当たり前だ……吐いてもらうぜ、鬼兵隊について、高杉について、な」


「それは出来ない」





トシの言葉に速答で断る菜子。それにトシは不機嫌そうに眉を寄せた。





「おとなしく言うことを聞いとく方が身のためだと思うが?」


「仲間を、大切な人を売るような真似は出来ない」


「……じゃあ、吐いてもらうよう仕向けるだけだな」





チャキ…と鞘を動かし、剣の刃を見せる。…が、菜子はそれに一切動揺することもなく、冷静に捉えていた。





「私に、拷問をかけても無駄よ。何も言うつもりはないわ」


「それもいつまで言っていられるだろうなァ…」


「いつまでも」


「…何っ?」






トシにそう言う菜子の表情は、穏やかそうに微笑んでいた。





「…晋助を、大切な人を裏切るつもりはないわ、一生。そうするぐらいなら私は…自分の舌を噛み切って自害します」


「ハッ……それを、敵である俺に言っちまっていいのかよ…」


「…敵ではないもの」






菜子の口から出た言葉が信じられなくて、トシは瞳を丸めた。






「トシは……ううん、トシだけじゃない。総悟も、近藤さんも、山崎君も…みんな…みんな、私の仲間だから」





今までも、これからも。






「……勝手な女で、ごめんなさい」






その言葉を最後に、菜子は静かにトシの前を立ち去った。…呼び止めることはいくらでも出来た。強引に腕を引っ張って、野郎のところに行かせないようにすることだなんていくらでも出来たんだ。
……ただ、しなかったのは彼女に見惚れてしまっていたから。






「…ハッ……何してんだよ、俺は」






くしゃりと、自分の髪を握るトシ。失笑する。…脳裏から、今見た彼女の幸せそうに微笑む顔が…消えない。





「……くそ、」






…いつのまに、こんなにも彼女に心を奪われてしまっていたんだ。俺は。


パタン……と部屋のドアが閉まる音が響いた。





「……ごめんね、トシ……」





届くはずないとわかっていながらも、その扉の向こうにいる彼に謝罪の言葉を告げた。……いや、トシだけじゃない。この江戸の歌舞伎町と言う町で、こんな身勝手な私に親切にしてくれた人々皆に謝らなければならない。





「………さよなら」





私は、愛する人の元へと…胸にある辛い思いを呑み込んで、菜子はこの場を立ち去ったのであった。







「………ん?なんだ、これは……」






ふと、トシの視界にあるものが入った。……白い封筒、菜子が置いていったものだろうか。それに、手を伸ばし…中に入っていた紙切れを手に取った。
文字が書かれていて、それに目を通した。
それを読んだ瞬間…菜子の優しさを思い出して、トシの涙腺を刺激した。

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