狂い始めた歯車
一般的に、死神は斬魄刀を屈服させなければ始解、卍解まで辿りつくことが出来ないと言われているが…琥珀と俺は違う。





「…う…うぅ…っ」






最初に彼女と出会った時…彼女は泣いていた。大きな瞳から零れ落ちる滴が、握られていた刀にまで伝い落ちた。





「…どれだけ頑張っても…やっぱりダメ、なのかなぁ…?琥珀みたいな子供は、ギンちゃ…の傍にいちゃ…ダメなのかなぁ…?」





ぎゅう、と刀を握る琥珀の小さな手のひらには幾つものマメが潰れて血が滲んでいる。それだけ剣術の稽古を必死に受けている証拠だった。





「琥珀、もっと頑張るから…だから、君は…琥珀の味方でいてね…?」





泣きながら必死に刀に…俺に話しかけてくる少女。こんな小さな体で何を一心に受け止めているのか…自分に出来ることは何か。





『俺は、君の味方だよ。俺が君を守ってあげるから…だからもう、泣かないで』





彼女に手を差し伸べること。小さくて弱くて、脆い彼女を守ってやること。それが自分に出来ること。






『俺の名前は、光之君って言うんだ。…よろしく、琥珀…』


「……光之君…?…うん、ありがと…っ光之君…」






泣き止んだ後に見せたその笑顔が、キラキラ輝いて見えて…一瞬で琥珀の虜になってしまった。






「……また、みんなに怒られちゃった……琥珀、ギンちゃんと一緒にいちゃ駄目なんだって…」


「じゃあ、一体どうしたらみんな…琥珀がギンちゃんと一緒にいること許してくれるのかなぁ…っ?」


「……っ琥珀は、ギンちゃんと一緒にいたいだけなんだけど…な……」







…その涙を拭ってあげたくても、その小さな体を抱きしめてあげたくても…所詮、斬魄刀の自分には出来ない。






「……光之君は…ずっと、琥珀の傍にいてね…」






だけど、今はもうそんな悔しい思いをしなくてもいい。こうして、実体化したのだから。目に見える形で、琥珀を守ってあげることが出来る。








『お前はもう、いらないんだよ。市丸ギン。お前の存在は琥珀を傷つけて、苦しめて…泣かせてばかりじゃないか。お前のせいで、琥珀がどれだけ泣いたか知らないだろう?』


「…琥珀が、」


『いつもいつも、その小さな体に傷ばかり背負って…でもお前に心配かけたくないからとお前の前ではいつもいつも無理して笑ってたんだ!…俺はもう、そんな琥珀を見たくない…!』


「…!……そんなん言われたかて、嫌や。僕は琥珀から離れたない。誰に言われたかて、琥珀はもう…離してあげへん。僕のものや」


『…呆れた、お前が琥珀の悪影響にしかならないって知ってもまだそんなこと言えるのかよ』


「…ほんま、刀如きがえらい口利いてくれるやんか」






ニヤリ、とギンの口元が弧を描く。いつも閉ざされているギンの瞼がカッと開き…薄い青色の瞳が姿を現した。






「いくら琥珀の斬魄刀て言うても、そない口悪いのはあかんよ?…それこそ琥珀に悪影響や、邪魔や。…せやから、もう二度とそない口利けへんようにしたるで感謝しい?」


『…っ市丸ギン、お前何を…!?』


「君の本体である斬魄刀を折ってまえば…さすがの君も消えるやろ。安心しい、琥珀は刀なんか振るわんでも僕が守ってあげるさかい…」


『やめろ…!そんなことをしていいと思っているのか?』


「最期に言いたいことは、ないん?」






光之君の本体である斬魄刀を床へ投げ捨て、刃を踏みつけてそのままへし折ってしまおうと足を掛けた瞬間だった。






「や、やめてギンちゃん…!!」






先程眠りについていたはずの琥珀の叫ぶ声が部屋に響いた。


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