9
昨晩のこともあり、気だるげな体にムチを打った。
今日は立体機動の実践訓練があるので朝食をきちんと食べた方がいいだろうと思い、──はあまり空いていないお腹を擦りながら食堂へ向かった。
いくら訓練兵時代に特訓したって、壁外調査で慣れていたって、実践訓練が必ずしも安全なことではない。
少しの判断が大怪我に繋がるケースも多々ある。
気を引き締めなくては、と朝食に着いていたスープをごくりと飲み込んだ。
しかし、そう思っていてもふと気付けば頭に浮かんでしまうのはリヴァイの顔である。それは普段の顔であったり、ベットの上での上気した顔であったり、きっと他の女の人が見たこともないような顔が思い浮かべば、──は優越感にすら浸ってしまっていた。
あれから何度体を重ねただろう。
あんなに駄目だと思っていたのに、いざリヴァイの前に立ち、あの鋭く熱を帯びた視線に当てられれば、ぞくりと体は震え何も考えられなくなってしまう。
好きな人に求められてしまえばしょうがないものなのか、と自分を正当化させる一方だ。
「ちょっと、──ってば!」
ぼんやりと上の空の──に話しかけるものの、返事はなくペトラは少し頬を膨らませた。
そんなペトラに耳元で大きく声をかけられれば、──はピクリと反応を示した。
「あ、...ごめんなんだったっけ」
「だーかーら、お茶貰ってくるけど──もいる?」
申し訳なさそうにする──にペトラはあまり怒っていないのか、少し笑って持っていたティーカップを上に持ち上げた。
「わたしは大丈夫だよ!ありがとうペトラ」
「いーえ。なんか最近上の空だけど大丈夫?...相談があれば私でよければ気くけど、」
真剣な表情で眉をひそめたペトラに、──はほんの少し罪悪感がちくりと心に刺さった。
自分のことを心配してくれるのは本当にありがたいが、だとしても軽く言えるような相談話ではない。
「ありがとう!本当にただぼーっとしちゃっただけだよ、寝不足なのかも。今日は早く寝るよ」
訓練がんばろうね、となるべく明るく口にして席を立ち上がる──にペトラは完全に安心したわけではないが、いつも通りの──を心配そうに見つめた。
ペトラと別れた後、光があたっていないせいか、薄暗い廊下を歩けば時説ギシリと床が鳴った。
訓練の始まる少し前に行って立体機動装置の点検をしよう、と足を早く進めたところだった。
「──」、そう背後で低く呟かれた──は驚きと恐怖から声にならない叫びを発した。
「っ、へ...兵長、!」
跳ね上がった心臓を収めるように、はあ、と息を吐いて振り向いた──を見てリヴァイは眉間に皺を寄せた。
何か言われるだろうと体を固めてリヴァイからの言葉を待っていても、リヴァイは口を紡いだままだ。
頭にはてなを浮かべながら──はリヴァイの顔をじっと見つめた。
「.....今日の訓練はいつもより厳しいものだ」
「え、あ、そうですね、?足を引っ張らないように頑張ります!」
「...」
「...」
──はリヴァイとちゃんと顔を向き合って話せたのは久しぶりな気がした。
思えば最近は恥ずかしさから視線を落とすことが多かったかもしれない、と再び訪れた沈黙に──はぐるぐると頭で考えた。
「お前、最近何を考えている」
「へ」
突如リヴァイはぎらりと視線を鋭くした。
──の時説ぼーっとするのは訓練の休憩中でも数回あった。リヴァイも気付いていたのだ。
少し前に──に"戻りたい"と泣きそうな顔で言われ、リヴァイは少なからず気にしていた。そんな──の上の空はリヴァイにとって良い予感はしない。
「考えるって、別にそんな悩みなんてないですよ!」
「ペトラからも聞いた」
「いや、その」
「おい。ちゃんと答えろ」
「...全然大したことないやつなんです、ほんと」
そんなリヴァイの気持ちはつゆ知らず、──は自分がリヴァイのことを考えている事がバレたのではないか、とドキリとした。
「大したことない事でもいいから言え」
「それは...」
「...」
嘘をついてしまおうか、そう──は考えたが、口ごもり中々言い出さない──にしびれを切らしたのか、リヴァイの苛立ちに気づき──はおそるおそる口を割った。
「リヴァイ兵長の、こと、ですよ.....」
そう弱々しくいった──の顔は、薄暗い中でも分かるほど真っ赤に染っていた。
予想外の──の反応にリヴァイはほんの少し目を丸めた。
「そうか、」
と呟いたリヴァイの顔を見れずに──は下を向いた。
なんでこんな事を本人に言わなくちゃいけないのか、と緊張のせいもありリヴァイを心の中で怒りたいほどである。
照れたように手の甲で口元を隠した──の腕を掴んだリヴァイは、そのまま反対の手で──の首元を掴んだ。
荒々しく重なった唇に、今度は──が驚く番だった。
「ん、っ!」
角度を変えて、もう一度キスを落とされて離れていったリヴァイの顔は、心做しか口元が上がっていた。
「悪くねェな」
先程の険しい目付きとは違い、奥底に熱を帯びたようなそのリヴァイの瞳に──は胸が打たれるようだった。