所有印
日が翳り暗く影のできた部屋の中。
巻島とみょうじはベッドの上で唇を寄せ合っていた。
しばらくそうしていたのだろう、彼の鮮やかな髪色の彩度が落ちるくらいには部屋が暗くなっていたし、だからといって電気もつけられていなかった。
または、この特別な空気感には人工的な光が相応しくないとどちらとも無く思い、蛍光灯をつけるスイッチに手が伸びなかったのかもしれない。
ともあれ、暗い部屋のなかには二人だけのひそやかな空気が充満していた。
閑静な住宅街にある彼の家では、道路を忙しなく行き交いする自動車の走行音も、雑踏が生み出す喧騒も聞こえてこない。
やけに静かな空間では、二人が織り成す音と低いテーブルに置かれた飲み物の氷が時たまたてるカランと澄んだ音が存在しているだけだ。
耳を澄ませば、彼女のまばたきの音さえ聞こえてきそうだと巻島は思った。
それほど静かだった。
言い方を変えれば、音という無形のものさえ二人を邪魔するものは無かった。
巻島はみょうじの柔らかな髪に指を通し、彼女を慈しむように顔に手を沿えながらキスをした。
土足で上がりこむような急いているキスではなく、唇が触れ合うことの意味を模索しているかのようだった。
それはやわらかさであったり、温度であったり、味だったりをひとつひとつ確かめるように唇を合わせる。
時折触れ合う舌同士はお互いの心中を推し量るように、もどかしく絡み合った。
熱を帯びた視線も、吐息も、みょうじの見せる反応の1つ1つを彼は丁寧に咀嚼するように味わう。
彼は彼女の髪を撫ぜていた手をするりと襟元にあるリボンに手を伸ばし、スナップボタンを器用にはずした。
ぱちりと小さな金具が外れる音でさえ、静かな部屋には十分に響く。
彼女は少し驚いたように目を薄く開くが、それが意味することも言葉こそないが同意の上だったし、これが初めてというわけでもなかったので特に静止はしなかった。
次に彼はブレザーのボタンをひとつふたつと彼女をじらすように、ともすれば自分をじらすようにはずした。
ボタンが確かな丸であることを指先だけで判断するように、ボタンをなぞる。
指先で文字を読むかのようにゆっくりと、彼はボタンを外すという行為だけにも十分な時間をかけた。
ボタンを外し終わると、肩の位置をずらし袖からゆっくりと腕を引き抜き、ぱさりとベッドの隅へ置く。
その一連の動作のあとに彼は恥ずかしさで俯く彼女のまぶたに優しく口づけた。
普段は気持ちが浮かび上がってこない彼の顔も、今や興奮を抑えきれない虚ろな顔でみょうじをくまなく見つめる。
次にブラウスに取り掛かる。
先ほどと同じ動作でゆっくりゆっくりとボタンを外し、ブラウスを剥ぎ取る。
彼は服を脱がす順番や行為に何か決まりごとがあるかのように、理性的に事を運んだ。
まるでそれは儀式的な厳かな雰囲気でもあったが、彼の膨らみがそうではないことを物語っていた。
巻島は服を脱がすということに、達する以上の快楽や興奮を抱いているようだ。
この状況を彼が楽しんでいることは、時折彼女の首筋をなぞる彼の熱い吐息や、先ほどとは違った粘着質なキスに表れていた。
そして服も下着も靴下も何もかも脱がし終わると、ベッドの真ん中に丸裸のみょうじとベッドの隅に彼女の抜け殻が残った。
そして、彼は視線で体の曲線をなぞり、飽くことなく何度も綺麗だと言った。
視線だけでなく、彼は指も唇も柔らかな体をなぞりその度に彼女の半開きの口から色っぽい声が漏れる。
ふと、彼は思い立ったように立ち上がり、部屋の片隅にあったデスクの引き出しを開ける。
目当てのものは目に付く場所に置いてあったのだろう。
特に探す風もなく彼はスムーズに綺麗な紙で包装された長方形の小箱を取り出した。
彼女は呆気に取られたようで、首をかしげながら彼の行動を見守った。
「なにそれ?」
「プレゼント」
それだけいうと、彼はその綺麗にかけられたリボンや包装紙になんの意味もないという風に小箱から手際よく剥ぎ取った。
無慈悲に、ビリビリと。
白い箱がむき出しにされその蓋を取るとそこから出てきたのは、小ぶりなチャームのついたネックレスだ。
大事そうにそれを手に取り、ネックレスを巻島はみょうじの首にかけ器用に金具を止めた。
火照った体に冷たい感触がやけに際立つのだろう、彼女は少し身じろぐ。
生身の暖かな体に冷たく無機質な輝きを放つネックレスは、どうにも彼女を繋ぐ首輪のようで酷く不釣り合いだと彼は思う。
しかし、そのことがまるで道徳的に不適切な行為をしている気がして彼は体の内側から熱い物がこみ上げてくるのを感じていた。
「私誕生日だっけ?」
「なまえに似合うと思ったから。」
でも今は首輪みたい。
その言葉は飲み込みつつ、彼女の白い肌に彼は赤い痕を残した。
赤く色づいた肌の隣で輝く無機質のそれは、半永久的な所有印のようだと彼は思った。
無意識の輪っか
束縛の象徴だって誰かが言っていたことを彼は思い出す
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