今朝の風が吹き抜けるような衝撃のあと、みょうじは緑色の髪をした彼の事を忘れられないでいた。朝のホームルームから放課後の今に至るまで、なにやら浮かれて仕方ない足取りをどうにか抑えている状態だ。うら若き乙女にとって高校という新しい舞台で見つけた新しい恋の衝撃たるや、何にも代え難いものである。部活見学にいこうと誘われたが断って、ふらふらと緑色の髪の彼を見つけにいくくらい大きな影響を彼女に与えたらしい。彼女は通学用のカバンを持ちながら、あたりを見渡しながら下校の生徒で賑わう校舎をふらつく。名前も知らなければ、学年すら知らなかったがあの印象的な髪色はすぐに見つけられるだろうと思ったのだ。

 そう思っていた矢先、3組の教室から出てくる今朝みた髪色の彼を見つける。まさか同じ学年だとは思っていなかった彼女は、思わずその場に立ち止まった。彼を探してはいたのだが、こうも簡単に見つけてしまうとどうしたらいいのかわからない。そもそも、見つけたところで声をかけようだとか、友達になろうとか予定というものを考えていなかったのだから仕方がない。ただただ、朝霧のようにぼんやりと彼を一目見たいと思っていただけだった。また、彼女は見かけによらずシャイな少女であった。恋に落ちた相手に積極的なアピールをできるような、いわゆる肉食系では決してなかった。しかし、彼女は見かけによらず大胆な少女であった。声をかけることはできなくとも、エメラルド色の彼を(恋する乙女的フィルターがかかっていることは言うまでもない)こっそりと後ろから尾けることはできた。

 まさか自分が同じ学年の女子に尾けられているとは露ほどにも思っていない彼は、背後を気にする素振りもなくどんどんと廊下を進み、玄関から出て、部室棟が並ぶ方へ向かっていった。その歩みはゆったりとしているけれども確実で、迷うそぶりを見せない。少しでも歩みに迷いが生じれば、声をかけやすいものを、彼は着実にどこかへ向かっていた。そして彼女は声をかけることもできないまま、目的地が決まっているであろう彼の後ろを追いかける。傍からみたら、立派なストーキング行為であったが本人はそんなつもりは微塵も無い。彼とどのように接点を持つのか考え、いざその方法を思いついたとき彼の姿が見えなかったという事態だけは避けたいと、必死について行っているだけだった。

彼が向かう部活棟周辺はとても賑わっていた。どこの部活も新入生を迎え入れようと、部活の楽しそうな雰囲気ばかりを誇張していた。如何にも青春できます、学生生活を謳歌できますとばかりに、普段は顧問の無茶な練習メニューに文句を垂れている部員でさえ輝く笑顔を携えている。少し遠巻きから彼をつけていた彼女も、色々な部活の部員たちが新入生に対してにこやかに部活を紹介している姿をみて、心が躍った。気になっていた部活もどうやら部員数は多いらしく、新入生が何人か部室の近くで話し合っている。どうしよう、私もあの部活の説明聞きに行きたいなと、前を進む緑色の彼から集中が解かれる。しかし、目はその気になる部活の恐らく部活説明を聞きに来た同級生たちを見ながらも、彼が進んだであろう方向に歩みを進めていた。

でも、部活説明期間はまだまだあるしまた後でいいや、と視線を前に戻した時、彼女は緑色の彼が消えていることに気がついた。しまったと、慌てた様子であたりを見渡すが意中の彼はどこにもいない。誰かに紛れてしまうような見た目でもないため、彼は忽然と消えてしまったか、今目の前にある部室の中に入っていったかの二つである。常識的に忽然と消えてしまうことはまずないので、消去法で彼はこの部室に入っていったと考えていいだろう。自転車競技部?と部室の扉の横掲げられている部活名を見て彼女は首を傾げた。彼女が今まで聞いたことのなかった部活の部室は、他の部室棟とは少し離れたところにあった。部室の横には今朝見た余分なものを一切省いたような自転車が何台か置いてある。それは微妙な違いこそあるが、彼が乗っていた自転車によく似ていて、きっと彼はこの部活に興味があったのだろうと確かな足取りから彼女は納得する。しかしそれがわかったところで、先程も述べた通り彼女はシャイな少女である。聞いたことも無いような部活の門を急に叩く勇気もない。そして、叩くところまではできたとしても、その後なんというのか。好きです付き合ってください?ひと目ぼれしたので後をつけてきました?思いつく言葉はどれも、些か不審者のようで頭を抱える。どうしようと、扉を見つめながらも目を泳がしていると後ろから大きな手が肩を叩いた。びくりと体が跳ねる。

「よう!お前も入部希望か?」
「え、いや…あの」
「なるほど、マネージャーか!こんなところにいねぇで入ろうぜ!」

違いますと否定しても、じゃあなんでここにいるんだと言われたら何て答えたらいいのだろうと、脳みそが溶けそうなほどに思考を巡らせていると男子とはいえども同学年とは思えない大きな体をした彼が、部室の扉を開いた。押し込まれるようにして彼女もその中に入っていく。

「ちわっす!田所です!入部希望っス!あ、ついでにこの子も。」

違うの!ともうすぐで声が出ると思っていたところに、振り向いた緑色の彼に思わず言葉を飲み込んだ。彼女は初めて横顔ではなく彼を真正面からみることになる。かっこいいと簡単に形容しにくい顔立ちをしてはいるものの、どこか好感が持てる顔立ちだ。無論、好感とかそれ以上のものが彼女を襲い、今朝の突風がまた吹き抜けるのを感じた。頬は赤くなり、鼓動は早鐘を打つ。

「ま、マネージャー希望の、みょうじなまえです。よ、よろしくお願いします。」

 そして、彼女はいつだって大胆な少女だった。











ここがあなたの温室です
ぬくぬく愛を育てる環境は誰かが整えてくれた



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