電車で偶然




 みょうじは電車の真ん中の座席に座りながら、何週目かもわからない広告テレビの映像をぼんやりとみていた。
繰り返し流される映像が特に面白いわけでもなかったが、これといって電車内ですることもなかったので同じ映像を見続けることに甘んじている。
膝の上にはこぶりな茶色いカバンと、大きめの紙袋を抱え、電車が目的地に運んでくれるのをおとなしく待っていた。

 時刻は午後5時を過ぎたところだ。
たまの休日を使って市街地まで出かけていた彼女は、買い物を済ませ帰りの電車に揺られている。
1月ともなれば日が落ちるのは早く、気がつけば窓から見える町並みはうっすらと彩度を落としていた。
ふと広告テレビから目をそらし、車窓を眺めると暗かった景色がだんだんと明るくなってきて次の駅が近いことを知らせる。
速度を緩めた電車の、ごとりごとりと体に響く振動も鈍くなり緊張を解きほぐすような息を吐きながらホームに止まる。
電車内に充満した空気を一気に押し出すように扉が開くと、列を作っていた人がぞろぞろと乗ってきた。
まばらに人が立っている程度の静かだった電車に人の声が溢れるようになる。

 彼女が見ていた広告も、流れ込んできた乗客の頭に邪魔され見えなくなってしまう。
さらには目の前に買い物外出帰りであろういくつも大きな荷物をもった若い女性にたたれてしまい、目のやり場すらなくした。
宙をぼんやりと漂っていた視線は自然と下を向きカバンを持つ両手に視線が落とされる。
隣の男性が腕を組み直し重たい息を吐きながら目を閉じたのをみて、それに習おうともおもったが目的地に着くまであと1駅だったため寝るのには不十分だった。
次の駅までに10分程度だが、何かをしていれば早いようで何もしないで10分過ぎるのを待つには長い時間だ。
手持ち無沙汰になった彼女は誰かから連絡がきている宛はなかったが、微かな希望をもちカバンの中に入っている携帯を探す。
とにかく時間が潰したかった。
すると、そんな彼女の気持ちを察してか、手にした折りたたみ式の携帯の振動が手のひらに伝わる。
それは彼女に退屈な時間の終わりを告げるアラームが鳴ったかのようだった。
あまりのタイミングの良さに驚きつつも、カチリと小気味のよい音を立てて携帯を開くとメールが届いていた。
メルマガだったら嫌だな、と思いながら受信したメールの送り主を確認すると「巻島くん」という表示が目に入り彼女の心臓は軽やかにスキップした。
予想以上に嬉しい名前に、緊張を隠せない様子でか細い指が慎重に決定ボタンを押しメールを開く。

『今電車のってるっショ』

 件名のない本文だけの一行メールを読み彼女はすぐに顔を上げた。
背もたれに預けていた背中を伸ばし電車内を広く見渡すと、左前の扉と座席の手すりの間に寄りかかるように立っていた緑色の髪の彼が目に入る。
彼と彼女の間には乗客がいたので隙間からしか見えなかったが、独特の服装と目立つ髪色からそれがすぐに巻島だと彼女は判断できた。
彼女は彼が同じ電車に乗っているという偶然に嬉しい気持ちもあったがその反面、気を抜いた顔を見られてはいなかったかという不安も理不尽に押し付けられ、眉根を寄せる。
しかし今はそんな心配よりもできることなら彼の隣に行きたかった。
ただ、なにぶん車内は混み合っており、身動きできないほどではないが移動するのは迷惑になるだろうという考えが、彼の隣で話したいという気持ちを押さえ込む。

 丁度その時、静かに一定のリズムを刻んでいた電車が大きくがたんと揺れて乗客のほんとんどが体勢を立て直そうとその場で足踏みをする。
座っていた彼女は体が左右に振れたくらいで、立っている乗客の様子をみて電車が大きく揺れたことに気づく。
なんとなく彼が心配になり、緑の頭が見えていた先をみると、電車の揺れのせいで乗客の立ち位置が若干変わったこともあり、巻島とみょうじはお互いの顔を確認できるようになった。
彼は得意げな表情をしながら、みつけた?という声が聞こえそうな具合に首をかしげる。
そのしぐさに、頬を妙に撫でられているような気がして居心地が悪くなり、彼女は曖昧に笑いながら視線を携帯に落とす。

『巻島くん見つけやすいね』

 巻島同様、件名のない簡素なメールを彼に送る。
送信ボタンを押すと、携帯を閉じ遠い距離でもないのに電波にのって迂回して到着するメールの行先に目線を運んだ。
彼はおそらくその行動から、自分宛のメールが届くことに気づいたのだろう、まだ振動していない携帯の画面を確かめる。
携帯の背面についたランプがチカチカと光ったのをみて、彼女は満足そうに笑った。
彼は感情の読めない表情で、携帯を操作すると画面をちょっとみつめたところで、波すら立っていなかった水面に波紋が広がるように淡い微笑みを湛えた。
視線はそのまま、携帯でなにか打ち込むとスライド式の携帯を閉じ、手の中に収めた。
しばしの沈黙のあと彼女は二度目の振動を手のひらで感じ取り、携帯を開く。

『なまえも見つけやすかった』

 とても簡単で、絵文字も顔文字も句読点すらないさっぱりした言葉だったが、彼女の体の軸を揺するように心臓が跳ね上がるのには十分だった。
なぜこの言葉の羅列で幸せな空気で胸がいっぱいになるのか、この言葉に何を期待しているのか彼女自身分かってはいなかった。
しかし、その様子が表面に出てしまっているような気がして不安になり、彼女は前髪を撫ぜた。
それから、取り繕うように横の顔に落ちてきていた髪を耳にかけると、あの一文の意味する答えを求めて彼の方を見る。
彼と目が合うことは簡単だったが、その多くを湛えた表情から答えを見つけ出すのは難しかった。
また、手も声も届かないような距離感のはずなのに、繊細な飴細工を触るような視線に身をよじらずにはいられず正解もわからないまま目を逸らす。
そんなもどかしい視線の会話から逃げるように、人並みの間から見える窓の外を見やれば見慣れた景色にハッする。
到着が近づくことを知らせるアナウンスが流れ、彼もやっと目的の駅近づいたことに気づき、扉から外を見やる。
どこか残念そうな顔をして。

 線路の鈍い接触音の間隔が長くなるとともに、外の風景も徐々に形を取り戻す。
明るい光が灯り始め、ゆるやかに停車する。
二人の息が詰まるような気持ちを吐き出すように、扉が開閉音と共に開く。
扉側にいた巻島が先におり、座っていたみょうじは人の間をすり抜け彼に続く。
彼女が声をかけようと彼に近づくと、不意に髪を撫ぜられ出そうとしていた言葉を飲み込む。
彼はよくこうして何気なく彼女に触れることがあるのだが、そのスキンシップに彼女はどうにも慣れなかった。

「買い物?」

 飲み込んでしまった言葉がなんだったのか思い出そうと必死に記憶の糸を手繰り寄せていた彼女を知ってか知らずか、彼は彼女の持つ紙袋を指差しながらいった。
違うところに意識を集中していた彼女は、急に言葉をかけられたことによりやっと思い出しそうになっていた言葉の切れ端を見事につかみ損ねる。
少し間をおいて慌てて首を縦に振ると、何慌ててるんショ。と笑いを含んだ独特の口調に気恥ずかしくなって、彼女は無理に笑った。
それから二人は人の少なくなったホームを歩き、階段をおり、改札へ向かう。

 みょうじが前で、巻島が後ろを歩く。
どこに行ってただとか、何をしてただとか、偶然だねとか、すごいとか、とりとめもない話をしながら駐輪所までの道のりを歩く。
時々後ろを振り返れば、巻島と目があう。
彼女は彼の視線がずっと自分に注がれているような気がしたので、背筋を伸ばし綺麗に歩いて見せた。















くすぐったい。
嬉しくて笑ってしまいそう



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