節分




どんよりとした雲に木々が大きく揺れるほどの風。
雨は降っていないにしろ、部屋から望む外の様子はお世辞にも良い天気とは言えなかった。
寒いことが何よりも苦手な新開は、そんな窓の外の様子に気持ちが沈んだ。
しかし、この冬が猛威を振るう中これから出かけなければならない。
出かける用事こそ嫌ではなかったが、風が強くて寒いですよというナレーションがつきそうな寒空の下に繰り出すのだ。
気が沈まないはずなかった。

 仕方なく、この冬随分とお世話になった暖かいお気に入りのダウンジャケットを、大学寮にありがちな小さなクローゼットの中から引っ張り出す。
念の為にと厚手のマフラーにさらには耳あてと手袋という、寒さに立ち向かうにはこれ以上完璧なものはないであろう出で立ちで、学生寮から繰り出す。
途端、強い風が吹きできることなら顔すら覆ってしまいたいと、思うか思わないかのところで、意外と暖かい風に拍子抜けした。
沈んだ重たそうな雲に、強い風。
見た目には完全に極寒だったが、体感温度はそれほどでもなく、バカみたいに重装備な自分が恥ずかしくなり耳あてと手袋をとった。
外気に触れた手が感じたものは凍てつく寒さではなくて、柔らかさすら感じる暖かな風。
沈み込んでいた気持ちは一気に浮上し、春の到来ともいうべきこの気象に拍手すら送りたくなった。
手袋や耳あてを部屋に置いてきても良かったが、晴れやかな気分のまま出かけたかったので背負っていたメッセンジャーバッグに小さく丸めて詰め込み、歩き出す。
目指すは、一人暮らしをしている彼女のもとへ。

 時刻は午後6時を過ぎたところだ。
天気があまりよくないということもあって、外はすっかり暗くなっていた。
街灯は道を照らし、すれ違う自転車も前照灯をつけている。
自分の暮らしている寮から、そう遠くはない距離にある彼女の家を目指しながら今までは寒さから逃れるように小さくなって歩いていたが、今日はその必要はない。
彼は通い慣れた道を、気持ちよく歩いた。

 歩みを進めていると、道の途中にあるスーパーが目に入る。
丁度混み合う時間なのだろう、大きな買い物袋をもった女性や、家族連れなどさまざまな人たちが出入りしていた。
その様子をみて、ふと今日が2月3日節分だったことを思い出す。
高校時代散々鬼役にされたことを懐かしく思いながら、スーパーを通り過ぎようとしたとき、恵方巻きというのぼり旗に目を奪われた。
節分の日に恵方巻きを食べるというような習慣はなかったが、せっかくだから食べてみようという気になったのだ。

 スーパーに入ると節分にふさわしいBGMが流れ、店内のディスプレイも節分仕様になっていた。
ご自由にお取り下さいと書かれた厚紙でできた簡易な鬼のお面は、いつの時代も同じデザインだななんて思いながら、お目当ては恵方巻きだけだったので、かごは持たず惣菜コーナーへの最短距離を選んで進んだ。
今日の目玉商品である恵方巻きが置いてある特設コーナーには、これでもかというほど恵方巻きが積まれている。
もちろん、スーパー側の読み通り特設コーナーは人で賑わっていたので、さっと買って帰ろうと思い40cmほどの恵方巻きを2つ手に取りレジに向かおうとするが、はたと立ち止まる。

 自分はいいとして、彼女がこの恵方巻きを食べきれるだろうか。
そもそも生の魚が好きではなかったような。
そう思い、手にした1つを棚に戻す。
これはじっくり考えなくては、と混み合う人の中に紛れて黒々しい恵方巻きの山を眺めた。
適当に選んで手にしたが種類は変わり種も含めて4種類くらい用意されているらしかった。
これだったら生魚を使っていないものもありそうだと、恵方巻きの断面を確認しながら物色する。

 これは卵に、うなぎ?穴子か?いや、うなぎにしろ穴子にしろ好きではないな。
開運巻き?何が開運なんだ適当な名前付けやがって。
海鮮巻きはそもそもだめだし、マグロづくし…あ、俺はこれにしよ。
サラダ巻き、あ、これだこれだ。
嫌いそうなものは入ってないな、多分大丈夫。
このサラダ巻きの小さいサイズが、あったあったこれだ。

 彼は40cmほどある長い恵方巻きとその半分くらいの恵方巻きを手にとりレジへと向かった。





 みょうじは6時頃にくるはずの彼を待っていた。
6時になって15分ほど経過していたが、時間にそこまで厳しくもないのはみょうじも新開も同じだったためあまり気にしていなかった。
6時頃にいくよという約束のメールなり電話は、6時頃家を出るよという意味だということも大概知っていた。
部屋をあらかた片付けて、少しおしゃれして、インターフォンがなるのを楽しみに待てばいいのだ。
待つことが得意な彼女には簡単なことだった。

 すると待ちかねていた音が響く。
その音に驚いたのか、彼の訪問に心が踊ったのか、その両方だろう彼女の体がぴくりと動いた。
彼女は嬉しそうに立ち上がると手グシで髪を整え、玄関に向かう。
不思議とドアの向こう側にいる彼の雰囲気を感じ取りつつも用心深い彼女は、そっとドアスコープをのぞく。
そこには鬼のお面をかぶった彼が、礼儀正しそうに直立して立っていた。
思わず出た高い笑い声はドアの向こう側にまで響き、彼は鬼のお面の下でしてやったり、と満足気に笑ったのだった。















ようこそ、いらっしゃいませ!!
どうぞごゆっくり。



- 4 -


*前次#



★ YELL ★

ALICE+