当時の彼らにとって広かったこの公園は、荒北とみょうじの世界の全てであり、そこで遊ぶ友達は自分の一部のようなものだった。

二人はこの公園でいつから一緒に遊んでいたのかほとんど記憶にない。それこそ自分と外界との区別がつかない程幼い頃から一緒にいたのかと思うくらい、自然と彼の隣には彼女がいて、彼女の隣には彼がいた。世界のことなんて何も知らない空っぽの彼らは、毎日が新しく生きることが楽しかった。

「ねぇ、きょうもなまえちゃんいるかな」
「どうだろうね。いるといいわね」

彼らは時間が来ると母親に連れられて、ある時から自分の足でこの公園に来るようになった。荒北が先に公園にいることもあったし、みょうじが先に公園にいることもあった。

「やすともくん、ここね、すずしいよ」

高いところから声がして、声のほうを向くと小さな女の子が手をふった。夏の公園には木々が黒々とした影を落とす。土地柄高いビルも無く、公園には良く風が吹き込んだ。

「ほんとだ、すずしい」
「せみいっぱいないてるね」

セミたちは残された短い命の限り、その声をあたりに響かせていた。それは音のカーテンとなって公園を取り囲む。公園という狭い世界を作り上げている要因の一つだ。小さな公園が当時の彼らの世界だった。

「やすともくん、せみって、どんなのかしっている?」
「テレビでみたことある」
「いっぱいないてるのに、どこにいるんだろうね、せみ」

そしてお互い狭い世界の中で、周りを取り巻くセミの声の出処を探した。何匹ものセミが大声で騒いでおり、恐らくその全てが茂った木々の幹にへばりついているはずなのに、なかなか姿を見せない。彼らはいつもそれが不思議で仕方がなかった。ジャングルジムの上からぐるりとあたりを見渡しても、そこからではセミを見つけ出すことが出来なかった。

それから時間の許す限り彼らは遊んだ。目的もなく駆け回るだけで、向こう側の見える小さなトンネルをくぐるだけで、大きな城のように見えたジャングルジムに登るだけで、胸が高鳴った。

空っぽでビー玉のように透明な彼らは、公園とお互いの存在で満ち足りた一人の人となった。自分が何者かもわからない恐怖なんて微塵も感じなかったし、そんな恐怖が存在していることすら考えなかった。


しかし、年齢を重ねるにつれて、二人を取り巻く世界が広くなっていくにつれて、彼らはお互いを近しい存在だとは思わなくなっていった。特に狭い世界で生きているほとんど一つの事項だったことなんて、記憶のカプセルごと埋められてしまった。

けれどそれは仲違いしたとか、唾棄すべき存在になったとかネガティブな理由がある訳ではない。世界が広がっていくことにお互い夢中になっていったのだろう。世界の広がりに乗じて、彼らの空白を埋めるものはどんどんと増えていった。それは荒北が始めた野球であったり、みょうじが感じる両親の期待であったりさまざまなものが彼らを形作る。

そしてお互いの存在が占める割合は減っていき、今ではほとんど丸めた糸のような記憶しかお互いの中には残らなかった。それは自然なことだったから、彼らはなんの違和感もなくこの公園での思い出を静かに土に埋めたのだった。


しかし、荒北はあの夢によって記憶の土壌が柔らかくなっていた。心中が掻き回されれば掻き回されるほど畑を耕すように土は柔らかくなる。そこに、みょうじが現れて小さなスコップである特定の場所を掘り返した。柔らかくなった土は簡単に持ち上がり、古びた記憶のカプセルが現れる。

加えて猫を探すという一連の行動によりそのカプセルの土はすっかり払われたのだった。幼い頃に登った大きな城の上で笑い合って、荒北は記憶の輪郭を指でなぞれるくらいには確かで鮮やかな映像を思い出せるようになっていた。なぜ忘れていたのか不思議なくらいに。



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