お迎え
巻島は駅を利用する人々の刺さるような視線を感じながらも、通り過ぎていくタクシーの流れに視線を据えていた。
向こうもこちらに気づかれないようにわざとらしくチラチラと見ているのだから、あえてその視線に反応してやる必要も無いという風だ。
普段から奇抜な髪色に私服だったため、人の目を感じることは多々あるが、今日はその比ではない。
というのも、厚手のコートが必要になるような寒さに冷たい雨がしとしと降り注ぐ中、彼は傘も差さずにぐっしょりと濡れながらその場に立ち尽くしているからである。
手には買ったばかりの開いた跡すらない新品のビニール傘を持ち、雨宿りをする屋根がすぐそこにあるにも関わらずだ。
駅の利用客は見えてはいけないものを見るような視線をむけたり、そこには誰もいないと仮定して彼を扱った。
ぎょっとしたような視線を浴びさかけられるのは癪に触ったが、それでも彼は視線ひとつ動かさないように努めていた。
随分と長くそこにいたのだろう、出来かけの水溜りがちらほらできるくらいで雨足はそれほど強くないのに、彼にだけ集中的に雨が降ったのかと思うほど濡れていた。
濃い灰色だったコートは元から黒いコートだったかのようにそぼ濡れており、強く絞れば水が滴り落ちそうな程だ。
しっかりとした上質なコートもこれだけ濡れれば、暖かさも軽さも機能せずに冷たい重みを体全体にかけていた。
また、彼の玉虫色の背中まである髪は十分に水気を含み、べったりと顔や首に張り付いている。
白い肌に緑色の髪が絡みつく様は、白石にコケが這う光景を思い出させた。
もちろん唯一露出している顔や手も濡れており、激しい運動をした後のように雨水が彼の頬をなぞり、口元をかすめ、顎先から地面に落ちていく。
そんな顔を流れる水滴や前髪から垂れる水滴を払うこともせずに、彼は閉じた傘を片手にじっと立っていた。
強いて言えば目に流れてくる水滴を嫌うように瞬きをし、寒さに指先が震えているだけが彼の唯一の動きだった。
そのようにして極力周りに溶け込むように非日常的な彼は、ぽつりと佇んでいた。
「裕介くーん、遅くなってごめんね!」
彼自身このまま雨に溶けてしまうのではないかと思い始めた頃、冷たい雨空には似つかわしくない暖かい鮮やかな声が彼の耳に届き声のする方に顔を向ける。
そこにはふわりと笑うみょうじの姿があり、彼女と目があうと巻島もつられるようにして陰鬱そうな顔に淡い笑顔が滲む。
小走りで手を振りながらこちらへ来る彼女はさながら愛くるしい小動物のようで胸が高鳴った。
電車から降り改札から出てきたのであろう彼女は屋根のあるギリギリのところまでくると、ずぶ濡れの彼に特に驚くわけでもなく手招きした。
ようやく屋根の下にはいった彼の冷え切った手を彼女は大切そうにぎゅっと握る。
「ごめんね。遅くなって。」
「全然待ってないっショ。」
先ほどと同じ言葉を繰り返し申し訳なさそうに俯く彼女に、彼は優しく声をかけた。
「屋根の下にいても良かったのに。」
「自販機の前で待ち合わせって、なまえが言ったんショ?」
「かわいそ、つめたくなっちゃって。」
そう言い、握っていた巻島の手を自分の頬に当てながら彼女は頭から爪先まで、お気に入りの服をびしょびしょに濡らした彼を見て満足そうに笑った。
彼女の表情と冷え切った手には熱すぎる頬の熱に彼はゾクリと泡立つものを感じる。
それが寒さから来る悪寒ではないことは彼自身十分にわかっていたので口角が釣り上がるのを止められなかった。
「でも、裕介くん部活休みでよかった。急に雨降っちゃうんだもん。迎えに来てなんてわがまま言ってごめんね?」
彼女は頬に持っていった彼の手の感触を元の位置に戻し、確かめるように優しく撫でながら彼を見上げる。
綺麗な瞳にドキリと胸が脈打ち、いちいち愛しい仕草に巻島はひと目も気にせず抱きしめたくなった。
しかし、全身満遍なく濡れてしまっている自分が彼女を抱き寄せたら、彼女も一緒に濡れてしまうと思いとどまる。
別にいいっショ。と素っ気なくそれでいて精一杯の愛しさを含んだ声色で彼が答えると、彼女に淡い笑顔が広がり酷く幸福な気分になった。
「それじゃ帰ろ?」
みょうじはそういうとばさりと新品の傘を開き彼の手を引く。
もちろん、その傘は彼女のためにだけにあって、彼には用意されていなかった。
冷たい雨を今一度かぶることになった巻島だったが、傘の下から笑いかける彼女を見て、ぞくりと寒気ではないなにかが背中を通り過ぎ恍惚とした笑みを浮かべた。
今日のお遊戯
次はどうする?
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