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「補習組は今から一階の勉強部屋に集まれ」

腹が膨れるくらいたらふくご飯を食べ、後片付け、お風呂と済ましさあ、あとは寝るだけだと息巻いていたところに相澤先生から招集令が下る。そういえば補習なんてものがありましたね、はい。

すっかり頭から抜け落ちていたそれに肩を落としながら一階の勉強部屋に足を運ぶ。疲労で若干の眠気を感じつつあくびを噛み殺し席についた。目の前にはホワイトボード。一体何をするのだろうか。座学?

補習組6人が席についたにも関わらず一つ空席がある。先生が座るのか?と頬杖をついて始まるのを待つ。ガラリと、扉が滑る音が耳に入りそちらを振り返り、振り返ったことを後悔した。思わずげっ、と声が漏れる。

「あれぇおかしいなア!!」
「物間…」
「優秀なハズのA組から赤点が6人も!?B組は一人だけだったのに!?おっかしいなア!!!」

顔を真っ青にさせながらフラフラとこちらへ歩み寄ってくるその様は不気味だ。んでもってB組は補習一人だったのか。

「物間さっさと席につけ」

物間のあとから顔を出したいかつい顔つきのブラド先生が着席を促した。それに素直に従う物間、てか隣の席なのか。ふふふとか怪しい声で笑わないでほしい怖い。

「時間は有限、補習を始めていく」

ホワイトボード特有の高い音を鳴らしながら黒いペンがその上を滑っていく。人型を模したような簡易な絵が描かれる。まずは、と言葉を切った相澤先生は物間を名指しながら口を開いた。

「人な急所、思いつく限り言ってみろ」
「急所、ですか…?えー、と…心臓、頚部、目、…?」

しどろもどろに答えていく体の部位に先程先生が書いた絵にチェックマークが記されていく。今日は人間の急所の勉強なのだろうか?言葉に詰まった物間を見遣り動いた視線が俺と絡まる。ん?俺?

「次、夜守」
「えーと、こめかみ、眉間、鼻の下、顎、喉仏、耳、頸、溝うち、脇腹、肋骨、股間、膝、脛、アキレス腱。あと、えー…」
「おま、そんなによく出てくるな」

引きつらせたような声を発する瀬呂は無視しまだあるはずなのに出てこない単語をウンウン唸る。喉まで出かけてるんだけどお。

「大体はそんなもんだな。あと爪先や肩、上腕三頭筋も覚えとけ。今回、お前らは期末試験で相手に圧倒され負けた。だからここにいる訳だが、人ってのは鍛えることのできない急所がある。自分が不利に傾いた際、その急所に打撃を与えることで形成を逆転することも成し得る。逆も然り。こちら側もそこを防御しなければならない」

こつり、とホワイトボードを叩き、その鋭い眼光をこちらへ向けてくる。相澤先生の目って眼力あるよねぇ。

「特に接近戦型の個性のやつ、あと物間。お前らは特にこれを覚えとけよ、立ち回りの際に役立つ。もちろん他のやつもだ」
「…夜守よくあんなに知ってたな。俺あんなに知らないわ」
「俺結界使って殴打したりもするじゃん。だったらやっぱり効果がある場所に攻撃しなきゃなーって」

まぁ、これ言われたのも前世だけど。でも今になっても十分活用できるから覚えといてよかったと思うことの一つだよね。

「おら、喋ってないで覚えろ」

相澤先生からお叱りを受けたので口チャックをして先程の思い出せなかった部位を頭に叩き込む。座学で戦闘についてレクチャー受けることが新鮮でワクワクする。


眠たそうな目をこする周りに反し俺は始終先生方の言葉に耳を傾け、あっという間に本日の補習授業が閉幕した。こんな補習なら受けれてラッキーだと一人ホクホクしているとげっそりとした六対の目が刺さった。なぜだ。









日付を跨ぎ、深夜の2時に終了した補習、日中酷使しヘトヘトとなった体。補習組以外が寝静まる大部屋にコソコソと入り、布団に横になると途端すっと意識を落とし深い眠りへと誘われた。




ーーー合宿3日目。



ぱちり、と目が覚める。
まず目に入るのは木目の天井。右を見やれば間近にある壁と左側にはもぬけの布団。…昨日もこんな起き方だった気がする。

枕元においていたはずの携帯に手を伸ばし画面を起動させ、暗闇に慣れためには眩しすぎる光に思わず目を瞬く。―――午前5時17分。

人の習慣とは恐ろしい。いくら疲れていようが、夜遅くに寝ようが俺の場合は基本的に起きる時間はあまり変わらない。毎朝だいたいこの時間に起床し、朝から道場へと足を運ぶ。もちろん、起きれない日もあれば随分早く目が覚める日もあるからいつもこの時間とは言えないけど。

今日もきっとなかなかにハードな特訓、夜には昨日と同じ補習が待ち構えているのであろう。それを考えれば指示された起床時間まで寝ているのがいいんだろうけど。なんせ、目が冴えてしまった。

むくりと上体を起こし寝間着から体操服に着替える。ごそごそしていても誰一人として起きてくる様子はない。極力音を立てないように布団を隅へと片付け、そろりと忍び足で大部屋を出る。相変わらず峰田が布団ぐるぐる巻になってたけどなんでだ。女子部屋に行かないようにとの対策なのか…。どんだけ煩悩に溢れてんの峰田。

ひたりひたりと足を運びながら今日も今日とて、光の漏れる一室の前に差し掛かり足を止める。昨日は俺が脱走したこと先生たち知ってたし一言かけるべきなのか。でも起きてるってことは仕事中だし話しかけたら邪魔か。

「夜守」
「うへぃ!」

突如スッと引かれた襖から漏れる声に思わず体が震える。うわ、変な声出た。ちかちか眩しい部屋に目を細めるとやはり相澤先生とブラド先生がこちらを見ていた。お早いお目覚めで、先生たちいつ寝てんだろ。

「お早う」
「おはようございます。先生たち早いですね」
「それはお前もだろうが。ちゃんと寝たのか」
「いや、あの。いつもこの時間に起きてるんで、目が覚めちゃって」

居たたまれなくなりがりがり頭をかけば目の前から漏れる2つのため息。今日も外で烏捕まえしたかったけどやっぱりだめかな。ちらりと視線を漂わせれば呆れた眼差しが注がれる。ひくりと口元が引きつる。

「…日中と補習、泣き言言うんじゃねぇぞ」
「!」

これは許可が降りたということで解釈してもいいのだろうか。そわそわと視線をブラド先生へと送れば半目で頷かれた。

「ありがとうございます!寮からはあんまり離れないんで!」
「離れたら捕縛すっぞ。あと声がでかい、静かにしろ」
「はーい」

よし、じゃあ早速外に出て烏取りしよう。先生直々に許可が降りたことに浮足立ちながら言いつけ通り静かに寮の扉を押し開けた。

涼しい風が頬を撫でる。夏の暑さはまだなりを潜め、地を照らす朝日が一筋登った。

「結」


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