02

恐る恐る食パンを一枚彼女に手渡した。受け取った彼女は匂いを嗅ぎ、そして首を傾げる。
「ご主人、これは・・・パンというものですか?」
「そう・・・知ってるんだな。」

実食するのは初めてです、と言うとパンを口に含む。
・・・見た目は人間の女の子だけど元々金魚だとしたら人間と同じものを食べていいのかが些か不安だ。
ネットで調べたらパン(穀物だから)なら金魚にあげてもいいと書いてあったのであげてみた。

「・・・うーん?」
「美味い、か?」
「よく分からないです。」

そりゃ、味ついてない食パンだからな。
イチゴジャムがあったので塗ったものを再度あげた。
「むっ・・・」
「どう?」
「んーー、美味しいです!この赤い、たしかジャムとかいうやつは凄いです!」

そのまま一枚全て腹に収めた彼女は満足そうに床に寝転がり脚をパタパタとさせる。
食パン一枚でこんなに幸せそうな表情を浮かべる女の子は未だ嘗て見たことがない。

「ご主人ー、人間の食べ物ってとーっても美味しいんですね」
「・・・ねぇ、本当に君は金魚なのか?」
「そーですよ〜」

ゆらゆらとドレスを揺らしながら俺に近寄り白く細い腕を差し出す。
「よーく、見てて下さいね」

白い腕に光が流れるように、赤い鱗が一瞬現れる。キラキラ光るスパンコールのように。
少なくとも彼女は俺と同じ人間ではない、それだけは確信した。

「魚の脳の殆どは人間の脳幹部分だけなのです。ただし私は違ったのです。大脳皮質が発達していたのです。それにより思考や、記憶、言語を得たのです。いや、得たと言うよりは持ち合わせていたと言うのが正しいのでしょうか」
「随分詳しいね、」
「そこが私でも不思議なのですよ。この知識は最初からインストールされていたようなものでして。私が自我を持った時には既に知っていたのですよ。」






私の最初の記憶は、白い紙の上で必死にもがいていた記憶です。
苦しくて辛くて水に戻してほしくて必死になって尾鰭を揺らした記憶です。
それから狭い場所に入れられて、忙しなく人が行き交う場所の中を揺れました。
暫くして私は人気のない場所で一匹、『暗い光』に照らされながら放置されたのです。
私はそこで「寂しい」という気持ちを抱きました。ゆらゆらと揺れて、誰か私を見つけてと。ひとりぼっちにしないでって。
そう願っていたら現れたのです。私と同じ紅い貴方が。あぁ、これはきっと運命の人、私のご主人様。この人に逢うために私は生まれてきたのだ、と。
寂しそうな貴方を私が癒すのだと。


願ってしまったのです。貴方のそばにいたいって。


貴方のそばにいるにはどうしたら良いのでしょう。彼に近づくために脚が欲しい。彼に触れるための手が欲しい。彼と同じ空気を吸うための肺が欲しい。彼とお話しするための声が欲しい。

ガラス一枚隔てたこの金魚鉢の先に彼がいる。このガラス一枚がもどかしい。

(・・・あれ?あれ?わたし?この感覚、初めてじゃない。)

私は貴方に会いにきたのです、あのガラスを超えて。

「これはきっと、愛。」