03
「ねぇ・・・君のことはなんて呼べばいい?」
「お好きに呼んでいただいて構いません!」
それは寧ろ困るのだが。
「名前とか、ないの?」
「名前ですか?」
「うん」
・・・と、尋ねてみて気付いたが金魚すくいの金魚であった彼女に名前をつける人物などいないのではないか。
そもそも彼女が自我を得たのは俺と出逢う数時間前くらいの出来事であったようだし。
この場合俺が名付けるしかないのか。しがない会社員である俺が。結婚どころか彼女もいないこの俺が。女の子の名付け親になるのか?
名前は一生物だというのに俺なんかに名付けられたことにより此の先の彼女の人生が最悪になってしまうのではないだろうか、いや、なる。確実になる。
ここは高名な占い師でも探して名付けをしてもらった方が数倍いい気がするとスマホの検索をかけようとした瞬間に彼女が口を開いた。
「、・・・名前」
「名前?・・・」
「そうです、私は名前という名があるのです。誰に名付けられたのか、記憶にありませんが・・・うん、私の名前は名前なのです。」
いよいよもって彼女の存在が分からなくなってきた。
人は昔から得体の知れない、畏怖の念を抱くようなものを神と呼ぶが・・・金魚の神かなんかなのかこの子は。・・・わからん。
願いを叶えてくれるようなものではなさそうだが。
「じゃあ・・・名前」
「はい!ご主人」
「その、ご主人っていうのこそばゆいというかそれに当たるような地位と能力もない俺なので・・・独歩、で呼んでくれないかな。」
「独歩、さん・・・」
あ、これはこれでなんだかこそばゆい感じがするかもしれない。
なんだか物凄くドキドキとする、これはときめきだろうか、俺は処女か。
「ふふっ、独歩さんっ・・・!」
ぎゅっと手を握りブンブンと握手をするように上下に激しく揺らす名前は可愛い。
「っ・・・名前」
目を少し逸らして私の名前を呼ぶ独歩さんの顔は赤い。きゅんっ・・・なんて胸が高まってこちらまで赤くなってしまう。
「えへへ、はぁい」
名前を呼ばれるだけでこんなにも幸せになれるなんて。名前って凄いのです。
この名前を付けてくれた方には感謝せねばなりませんね。
「私独歩さんのためにこの身を尽くしますね」
「えっ、いいよ俺なんかのために君の人生・・・『人』生、でいいんだよな?・・・とにかく!君の貴重な時間を無駄になんてしなくていいんだ」
がしりと私の肩を掴んだ独歩さん。長い前髪に遮られつつも青いその瞳は真剣味を帯びていた。
綺麗・・・、彼の赤い髪色と合う青。
溜息が出るほど麗しくて。
もっと、見つめられたい。だなんてきっと望みすぎですよね。
「・・・、名前?・・・あ、ごめんっ俺みたいなのがこんな距離で近付いてきたらビビるよな、」
ゆっくりと私の肩から離れて行く独歩さんの手に名残惜しさを感じる。
もっと触れてもいいのに、もっと触れてください。近づきたいんです。
「えっ・・・」
離したはずの距離は、0になっていた。
俺の胸に頭を預けるように、そして背中に回されている細腕の感覚。
速くなる心音はきっと名前には聴こえているだろう。
「私を掬ったのは、小学生の男の子でした。けれど、私を救ったのは独歩さんなのです。私は貴方に報いたいのですよ、尽くしたいのですよ。それは私のエゴなのです。」
ねぇ、私を求めてください。それが私の存在価値なのですから。