08

「・・・だれ、」

日課となった金魚の餌やりを終えて病室に戻ろうとすると中に人の気配を感じる。
時間帯的には先生や師長でないと思う。
そろりと中を覗き込むとスーツを着た男の人。もちろん知らない人。

「あ!それ!だめ!!!」
「うわっ?!」

彼はあろうことか私の生体情報を飛ばすモニターの電源を切り落としたのだ。
なんてことをしてくれるんだこの人は。そう思った。

「先生びっくりして飛んできちゃうじゃない!なんで悪戯するんですか!」
「あの、そうじゃなくて、私はですね」
「名前さん??」
「!・・・先生!私は大丈夫だよ!ほら!先生来ちゃったじゃん!謝ってー!」
「寂雷先生、この子って」
「あぁ、そのモニターが繋がってる子だよ。ふふ、大丈夫だよ名前さん。彼はそのモニターを扱ってる会社の営業をしている独歩くんだよ。」
「名乗りもせず申し訳ありません!私こういうものです!」
いや、寧ろ謝るのは私だけど。名乗らせる前に掴みかかっちゃったわけだし・・・
彼は頭を下げ小さな紙、つまりは名刺を差し出した。何故私みたいな患者に渡すのだろうか・・・と思いつつも受け取り名刺を眺める。
これが・・・名刺。
ちょうど前に父が送りつけて来た近未来SF小説に 昔の人は、小さな紙を交換して自己紹介したんだって。って名刺について書かれていたな。なんて思い出しながら 名刺入れなんてない私は近くにおいてあった本に一旦栞代わりに挟んだ。
「ごめんなさい、名刺入れないから・・・無くさないようにここに挟んでおくね」
「恐縮です!」
再び頭を下げる彼。この人、本当に腰低いなぁ。

「ねぇ先生。なんで今日はこの人きたの?」
「うん、それがね。下の病棟側にある子機とこっちの親機の接続が途切れ途切れになっちゃう機器トラブルが起こっててね。それで来てもらったんだ。」
「・・・そうなんだ、」

ベッドで寝転びながら本を読む。先生は外来患者の診察があるからと行ってしまったため病室に私と彼しかいなくなってしまった。
彼はモニターをいろいろ弄ったり 会社に電話したりと仕事をしているので邪魔するわけにはいかないし。

「だァーっ、技術部誰か電話出ろよ」
「駄目そう?」
「いいえ、技術部から連絡貰えれば大丈夫だと・・・思うんですけどね。」
「座っていいよ、ここ。連絡来るまで手詰まりなのでしょう」
「そんなことはできないです、患者さんの病室ですし」
「私が許可する ついでに敬語も解除 気使わなくていいよ 」

だって、貴方目の隈凄いし倒れないかって心配なのだもの。
「お邪魔します・・・」
「どーぞ」

彼が腰掛けるとベッドが軽く沈み込む。

「なんなら寝ててもいいよ 電話鳴ったら起こしてあげる」
「・・・マジかよ、寝よっかな・・・暫く3時間くらいしか寝れてないからぶっちゃけしんどい・・・」

ぽすっと音を立ててベッドに倒れこんだ彼は至極気持ち良さそう。でも目は開けたままで、天井を見つめている。
「寝ないの?」
「うーん、やっぱり良くないかなと。」
「いいよ別に。見つかったら先生にもちゃんと言っとくし。」
「・・・でもな」
「ねんねー・・・ころりーよ?・・・」
「何故疑問形なんだ」
「だって、されたことないもん」
「えっと、すまん」
「気にしないで」

そうなのだ。私の両親は昔から多忙で、しかも幼少期からここに入院してるしで親から寝かしつけられたりなどはなかった。
「でもね、神宮寺先生にはこうやってされてたの。」

昔の記憶を思い出しながら彼の頭を撫でる。先生の大きな手が大丈夫、大丈夫だよと安心させてくれたあの記憶を。

「それは、とっても羨ましいな」
「ふふん・・・でしょ!」

おままごとってきっとこんな感じなのだろうか。恥ずかしながら今まで友達というものがいたことがないのでおままごとというものをやったことがない。
ひとり遊びは得意なのだけれども。

暫く撫でていると静かに彼が寝息を立て始めた。・・・本当に寝てしまった。よほど疲れていたのだろう。
彼から手を離し、手持ち無沙汰になった私は本の続きを読むことにした。
眠る彼の横、その体温が伝わる。人の体温というのはどうしてこうも心地よいのか。
重たくなる瞼を必死に開けようとするのだが、そう、まるで、螺旋階段を転がり落ちるように私は・・・眠りに落ちてしまった。

いってらっしゃい。
、おとうさん・・・おかあさん・・・

わたし、わたしね・・・

さびしくなんてないよ だってわたし いいこだもの
わたしは つよいこだもの。

こわくなんてないよ、だって、神宮寺先生だもの。
きっと治してくれる。


だから、へいき・・・ 平気だよ。


「・・・いや、絶対不安だろ」
「・・・ん・・・・え?」
「おはよう」
「・・・お兄さん、ごめん。寝ちゃった・・・電話大丈夫だった?」
「うん。社畜だからコールですぐ起きる癖はついてる。」

直ったよ、とモニターを指差される。うーん、よく分からないや。

「、・・・ね、どういうこと?」
「なにが?」
「不安って・・・」
「あぁ・・・君が魘されながら平気だよ、怖くないよって繰り返してたから。かなり唸ってたし絶対大丈夫じゃないだろって思って。」
「ごめんなさい、心配させて」
「・・・不安なら不安で言えばいいんだよ。君には寂雷先生だっているんだし。」
「うん・・・うん・・・そだね。・・・元木さんもいるしね」
「あー、あの看護師長か。逞しいよな。俺は小4のときに叱られた担任似てて怖いけど」
「そうなんだ」
「そ、まぁ・・・兎に角。人生の先輩からアドバイスだが。甘えられる相手がいるなら甘えればいいんだよ」
そう言うと片手ですっと抱き寄せて背中をぽんぽんとさすられた。
分かってる・・・こんなことされたら、今までこんなことされたことなかった私がドキドキしてしまうのは当然だって。
分かってる、だからこれは恋とはまた別のものだって。
分かってるけど、経験したことがないから、これが恋かもしれないって。だって少なくとも私・・・この人が別の人と結ばれたら悲しくて哀しくて死んでしまうと思ってしまっているもの。

だから今私の眼から涙が溢れでてしまったのだって仕方がないことなんだと、そう思うのです。